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第二十三話 敵
「何馬鹿なこと言ってんの? 怒るよ」
「私がこの手配書を見つけました。でも信じられなかった。なので慶真さんに相談したんです」
「これは殿下の印。ならば蛍宮が正式に追っている重罪人です。しかし私も信じたくなかった。いいえ、里は誰も信じないでしょう」
「信じるわけない。ありえないし。やっぱりあんたら組織ぐるみで嘘吐いてるんだろ!」
薄珂は金剛に容疑を掛けている天藍たちに怒りを感じた。
いつだって身を挺して里を守り、里のために蛍宮まで往復もし、常に立珂のことを気にかけてくれていた。それは間違いなく愛情だった。
そうだと思っているけれど、天藍は立ち上がり会議室と扉繋ぎの部屋から一人の女性を連れて来た。
それは薄珂も良く知っている獣人で、祭りの後に天藍を飲みに連れ込んだ里にいた女性だった。
「え? 伽耶さん?」
「久しぶりだね」
「久しぶり、って、どうしたの? 確か移住したって……なんでこんなやつれて……」
「……売られたのよ、金剛に」
「は?」
「違法売買の取り締まりをしてるときに俺が見付けた」
「確認しましたが、里から出た獣人が蛍宮に入った履歴はありませんでした。そもそも入国審査をしていないんです」
「え? まさか、それ……」
「奴は里の獣人を売ってたんだ」
「……嘘だよ」
嘘じゃないわ、と証人である伽耶が叫んだ。
腕にできた痣は金剛に殴られた跡で、助けられるまでは下働きと銘打って家畜のような扱いを受けていたという。それはとても信じられない話だが、伽耶の悲痛な泣き声嘘だとも思えない。それなのに薄珂はまだ無実の金剛を陥れようとしてるんだとも思っていた。
「本当はもっと確実にやるつもりだったんだ。だがお前たちは羽根を再利用すると言い出した」
「だってみんな喜んでくれるから……」
「それが金剛にとって誤算だったんだ。だから立珂ごと連れ出すことにしたんだろう」
「売買書類で天藍さんが皇太子だと気付いたんでしょうね。あの一瞬で私もグルにする機転の良さには感心しますよ」
「先生は最初から天藍の仲間だったの。でも、ずっと里にいたじゃないか」
「今回のことで殿下から協力してほしいと言われたんです。私が十日ほど出かけたのを覚えていますか?」
「あ、ああ、うん……」
「あの時は天藍さんの状況を蛍宮へ報告をしていたんです。そして今後どうするかの作戦指示を伝達しました」
孔雀が十日も里を離れるなんて初めてだ、と誰もが言っていた。
やっと有翼人の医師に会えたと言っていたから、てっきりその待ち時間のようなものかと思ってしまったのだ。
「俺を犯人に仕立て上げ、犯人を追跡する形で里を出る。最高の手順だ。今頃根城にお帰りあそばしてるよ」
「うそだ……」
「じゃあ何で単独別行動してるんだ」
「じ、時間が惜しいからって」
「ならまず役人に協力を頼めばいいだろう。立珂は誘拐されたんだ。正当に保護されるべきで、秘密裏に行動する必要なんてない」
「……そう、そうだ、けど……」
「本当は一緒にここまで連れて来たかったんです。そうすれば今すべて終わっていた」
「いや、象獣人相手によくここまでしてくれた。命の危険もあったというのに」
「この機を逃すわけにはいきませんから」
金剛は孔雀を敵だと言っていた。下手をすれば孔雀は立珂を守るという大義名分で殺されていたかもしれない。
実際、もし立珂を連れ戻してくれて平和になったら『やっぱり孔雀先生は人間だから裏切ったんだ』で終わっただろう。
けれどあの金剛がそんなことをするとはどうしても信じられなかった。じわりと涙が浮かび始めたが、慶真がついっと手を挙げた。
「殿下。金剛の狙いは本当に立珂くんでしょうか」
「どういう意味だ」
「奴は獣人売買が本業です。それが何故急に有翼人なんでしょう」
「羽根を売るつもりなんだろう。相当な額で売れる」
「そうでしょうか。商売的な観点で見ると有翼人を囲うのは割に合わないはずです」
「……でも売れるんでしょ? 枕とか」
「商品は売れますよ。でも本人を囲うのは別の話です。何しろ羽根の美しさを保つために心身を健やかに保つ必要があり、そのために家族まで養い生活も保障しなければならない。そこまでして手に入るのが羽根数枚なんて、生活費と販管費で赤字です」
「でも専属契約があるって」
「それは他の収益も含めて予算を組める大きな組織の話です。そこに入り込めれば売れるでしょうが、労力と逮捕される危険性を考えるとそれこそ割に合わない」
「そうですね。大体、誘拐なんてやり方じゃ本人が苦しみ綺麗な羽根は得られなくなる」
「それは、たしかに……」
急に会議室はシンと静まり返った。
薄珂は立珂が大切だ。たった一人の弟で、それは羽があろうがなかろうが関係無い。だがそれは薄珂に限った話だ。誰もが立珂を無条件で愛するわけでは無いのだ。
「つまり羽根ではなく、彼自身に何かしらの価値があるんです。実は高貴な生まれでどこかの王族だとか」
「それなら連れ去るのは薄珂くんの方が良いと思います。立珂くんはどうしたって目立ちすぎる」
「薄珂じゃ駄目ってことだ。やっぱり立珂自身に何かあるのか」
「でも連れ去る目的なら里に住処を与えるのは矛盾してます。拾ったのはあの人なんだからそのまま連れ去るべきです」
「そうだよな。何か別の目的があってその準備に手間取ってたか……」
「それはありそうですね。里の警備団は全て金剛一味でしたし」
「え!?」
「ああ、言ってなかったな。立珂を部屋から連れ出したのは金剛が見張りを任せた奴だ」
天藍は何枚かの指名手配書を見せた。その人相書きはどれも里で警備に当たっていた獣人だった。
「そんな……」
「薄珂くん、目ぇ覚ましなって。あいつは最初から敵だったんだ!」
「嘘だ……」
「嘘じゃない!」
「伽耶、止せ」
「でも!」
「薄珂。受け入れられないなら一旦忘れていい。金剛がどうあれ、やるべきは立珂を取り戻すことだ。奴の是非はその後でいい」
「……うん」
伽耶は馬鹿ね、と不愉快そうに吐き捨てた。その態度を見れば金剛がどれだけ酷いことをしたのかが伝わってくる。
けれど薄珂の頭はまだぼんやりとして霧が晴れないままだ。
天藍は今日すでに何度目か分からなくなったが、ぽんぽんと背を撫で「大丈夫」と言ってくれた。
「……ごめん。大丈夫」
「よし。じゃあ立珂の居場所だ。ずっと根城が特定できなかったが、幸か不幸か伽耶のおかげで見付けられた」
「吃驚よ。宮廷の真裏の崖に根城があるの。鳥獣人がいないと出入りできない断崖絶壁よ」
「問題は断崖絶壁ってとこだな。うちで戦闘できる鳥獣人は慶真だけだが連中は鷹獣人が少なくとも五人もいる」
「五人を私一人では無理ですね……」
「打つ手がないわけじゃない。俺が取引をしている国に鳥獣人の協力を要請した。そこも金剛を指名手配してるから協力すると言ってくれている」
「駄目だ! それじゃ間に合わない! 今すぐ根城に連れて行って!」
早く、と叫ぶ薄珂に全員が困った顔をした。立珂をどれだけ大切にしているかを見てきたから頭ごなしに駄目だと打ち付けるのはできないのだろう。
だがそんな遠慮はせずため息を吐いたのは伽耶だった。
「いい加減にしなさいよ。崖に飛び込んだって死ぬだけよ」
「崖くらい問題無い! いいから連れてって!」
「駄目よ! 行ったところで死ぬだけだよ!」
「俺には立珂を助ける力があるんだ! 何にもできないなら黙っててよ!」
「何ですって!?」
子供の喧嘩を始めた薄珂と伽耶の間に孔雀が割って入ったが、伽耶はぐちぐちと文句を言いながら乱暴に音を立て椅子に座った。
焦りと怒りからか、薄珂はぶるぶると拳を震わせている。
「気合いだけじゃどうにもならない。ちゃんと算段を立てていこう」
「そんなのいらない! 俺が助けるんだ! 俺一人でいい! 場所を教えて!」
「人間一人では無理ですよ。せめて私に公佗児ほどの強さがあれば違いましたが……」
「いもしない伝説に縋るくらいなら慶都に縋った方がずっと現実的だわ」
息子の名前を出され、慶真はぎろりと伽耶を睨みつけた。
さすがにこれはまずいと天藍は人を呼び伽耶を部屋から連れ出させたが、空気はすっかりぎすぎすしていた。
「薄珂。応援は三日もすれば来る予定だ。もう少しだけ耐えてく――」
心配してくれた天藍の手を薄珂は振り払った。天藍はふうと一息ついてから薄珂の顔を覗き込んだ。
「薄珂。気持ちは分かるがお前一人で何ができる」
「……俺と立珂は入江で拾われた。どうやって来たと思う?」
「何だ急に。船か、泳いでかじゃないのか」
「あれだけの怪我をした立珂を連れて運よく流れ着いたって? 本当にそう思う?」
「え? いや、それは……ええと……」
「……そういえば立珂くんはかなりの出血でした。あの状態で海を何日も漂って生存するのは難しい……」
大人三人は眉をひそめて顔を見合わせ、薄珂はおたつく大人を睨みつけた。
「立珂を助けてくる。場所を教えてくれ」
「何か方法があるのか」
「ある。だから俺は立珂を守ってこれた」
孔雀は駄目だと止めるが慶真は何か考えているようで、天藍は大きなため息を吐いた。
「……無理だと思ったら即連れ帰るからな」
「絶対に大丈夫だ」
「分かった。連れて行ってやろう」
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