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第二十四話 薄珂の秘策

 天藍も孔雀も慶真も、三人全員が渋い顔をしていた。  他にも天藍の親衛隊がぐるりと取り囲み、少し遠くに目をやれば兵士の姿がある。皇太子を守る鉄壁の布陣が敷かれているようで、薄珂はそれに少し安心した。 「着いたぞ。あそこだ」  天藍が指差した先は断崖絶壁だ。  御所を乗せた崖の隅にぽかりと穴が開いていて、そこに鳥獣人が入って行く様子が見えた。出て来るとその脚に獣人がしがみ付いていて、どうやら出入りするために鳥獣人が運搬をしているようだった。 「分かったろ。鳥獣人じゃなきゃ無理なんだ」 「少なくともあの五人を落とさないといけませんね」 「あの五人を落とせばそれでいい?」 「それで、って……」 「薄珂くん。あの穴には肉食獣人もいるんです。少なくとも里の警備団が全員襲って来る覚悟はしておかないと」 「俺がそれ全員抑えられればその間に立珂を助けてくれる?」 「あのなあ。何言ってんだそりゃ」 「質問に答えて。俺が獣人を全部抑えれば三人で立珂を助けられる?」 「……俺と慶真で十分だろう」 「本当に? 天藍は金剛相手でも一人で勝てるの? うさぎだろ、天藍は」 「あの洞穴なら問題無い。あの狭さと地盤の緩さじゃ象獣人の力は使えないだろう。捕獲くらいはわけないな」 「ならいい。じゃあ俺が連中を抑えるから二人で立珂を連れて来て。それで、孔雀先生には一番大事なことをお願いしたいんだ」  薄珂は腰に持っていた小刀を孔雀に渡した。質素な造りだが、切っ先は鋭く研がれている。  これは薄珂が立珂を守るために持ち歩いているものだ。 「もし俺が正気を失ったらまず目を潰して。他にも動けなくする方法があれば遠慮なくやって。切る時は必ずこの刀を使って。これじゃないと俺の皮膚は切れないから必ずこれを使って」 「……薄珂。お前何言ってるんだ」  ぐいっと天藍は薄珂の肩を引っ張った。  天藍と視線がぶつかると、薄珂はにこりと微笑んだ。   「金剛の狙いは立珂じゃない。立珂は人質なんだ」 「人質って、誰の――……薄珂?」 「薄珂くん。なんの話をしてるんです」 「おじさん、さっき何の獣人なら一人でも対抗できるって言ったっけ」 「……公佗児。最強の名を冠した伝説の鳥獣人です」  大人たちは混乱しているようで、薄珂はそれを見てもう一度にこりと微笑んだ。 「先生。俺も一つ嘘を吐いてたんだ」 「薄珂くん……あなた、まさか……」 「先生。半分は人間にしておくから急所は人間と同じで大丈夫だよ」  薄珂は上着を脱ぎ棄てた。  両手を広げてぐぐぐと力を込める。すると皮膚がざわざわと震え、耐え切れなくなるとばさりと羽に姿を変えていく。みるみるうちに薄珂の両腕は鳥の羽に生まれ変わった。それは腕の長さを超えてどんどん大きくなった。立珂の柔らかで薄くて美しい羽とは真逆で、真っ黒で固くて分厚いそれは刃物なんかでは傷一つも付きはしないだろう。  体も羽で覆われずずずずっと獣のそれに代わっていく。とげとげしく毛羽立っていて、象の肌が柔らかく見えるほどだ。  足の爪もぐぐっと伸び続け地面を削っていく。その硬度と鋭さなら人間の身体程度なら一突きで貫通することだろう。 「薄珂、お前……その羽の大きさは……」 「俺は人間じゃない。公佗児の獣人だ」 *

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