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アラサー教師、ずっこける
「すっかり夏ですねえ〜」
店を出ると、手を翳して空を仰いだ。
梅雨入りした途端、雲ひとつない眩しい青空が連日続いている。空梅雨というやつだ。
大きな公園にさしかかったとき、佐久良が前方に手を伸ばした。
「あそこ」
公園の入口に、アイスクリームのキッチンカーが出ている。
お揃いのソフトクリームを手にしたカップルが僕たちのそばを通り過ぎていった。
「行ってみますか? 君の胃袋はまだ余裕がありそうですね」
「うーん……混んでるから、また今度で」
いいんですか? と訊くと、佐久良は快く頷いた。
「だって、先生とゆっくりしたいし」
本当はアイスの三つや四つ、まだ余裕で入るはずだ。
僕もあとちょっと若ければ、さっき通り過ぎたカップルみたいに、佐久良と一緒に立ち食いできたかもしれない。
そう思うと、ちょっとだけ胸の中がひんやりした。
僕とて十代の頃は無限の食欲を誇っていたのだが、いつの間にか小さく縮んでしまった胃袋が恨めしい……などと、センチメンタルによそ見などしていたせいだろうか。
――すこんっ。
「わっ……!?」
視界が揺れた。時が止まったように、目に映るものがスローモーションになって落ちてゆく。
どういうわけか、足が地面に着かない。体は前へ前へ進もうとするのに、自分の体は宙を舞っているようだ。
ようやく地面に足がついたと思ったら、左足首がグキリと嫌な音を立てた。
「先生!」
佐久良が鋭く叫ぶ。
「……あっ」
がくんと、体が大きく前へ傾いた。
真っ黒なアスファルトが目の前に迫る。
咄嗟に手をつこうとするが、間に合わない。
顔と地面が激突するのを覚悟した次の瞬間、僕の上半身が、なにやら大きくて温かいものに受け止められた。
(弾力があって、やわらかい……?)
亀みたいに竦めた首をそろそろと伸ばし、顔を上げた。
佐久良の顔がすぐ近くにあった。瞳の中には僕の間抜けな顔が映っている。
ごくっと、かすかに唾を呑む音がした。
佐久良が自身の胸で僕を受け止め、包み込むようにして支えていた。佐久良が助けてくれたのだ。
ほっとして大きく息を吐いたが、驚きでまだ体はこわばり、心臓は悲鳴をあげそうなほど高鳴っていた。
間近で触れた佐久良の体も激しく脈打っていて、汗とせっけんが混ざった夏の匂いがふわりと鼻先を掠めた。
どうしたらいいか分からず、僕は頭や肩、腕を佐久良の胸に預けたまま、口元をぷるぷるさせていた。
「先生、大丈夫?」
「だ、段差があったんですね。失礼しました」
公園を囲む木立の蔭になっていて気づかなかったけど、足元に低くて目立たないブロックがあったのだ。
ぼーっと歩いていた僕はそれに気づかず、見事につま先を引っかけた、というわけだ。
なんて醜態。恥ずかしさで顔を覆いたくなる。
僕の体を支えながら、佐久良がこわごわと訊ねる。
「先生、さっき、足捻らなかった?」
「僕もそう思ったんですよ。でも全然痛くないんです。奇跡ですね!」
佐久良の胸から身を起こし、わざとらしく笑ってみせて体を引いた。
しかし佐久良は残念な人を見るような顔を僕に向けて、盛大にため息をついた。
「そういうのはね、後からくるんだよ」
はたして数時間後。捻った左足首はズキズキと盛大な痛みを訴えはじめたのだった。
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