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運転手
翌朝――早朝といっていい時間――僕の出勤時間に合わせて、佐久良は車で現れた。
白い車体と華麗な流線形が特徴のセダン。その運転席にいるのは佐久良の従兄だという。
髪は明るいオレンジ色。左右の口角がきゅっと上がっている、にこやかな風貌の青年だ。爽やかな白いTシャツにシルバーのチェーンネックレスがよく似合う。佐久良より少しだけ世慣れしているように見えた。
「おい、先生にご挨拶しろ」
佐久良は荷物を預かると、先に僕を後部座席に座らせてから、従兄に低い声で話しかけた。
――ちょっと待って。僕っていったい何の先生なの?
そう訊ねたくなるような言い方だったが、運転席の青年は「へいへい」と頷き、苦笑した表情で僕を振り返った。
「ざーっす! 佐久良海斗 っていいます! 龍ちゃんの二つ上、二十一歳です! よろしくでーす!」
青年はにかっと、白い歯を見せて笑った。自己紹介も挨拶も元気で気持ちがいい。
「ざーっす」は「ありがとうございます」ではなく「おはようございます」の意味だろうな。
普段受け持っている生徒たちよりも幾つか年上。ほとんど付き合いのない年齢層だけど、屈託のない笑顔は佐久良とよく似ていた。
「一週間くらいなら、余裕で送迎できますんで!」
「いえ、今日だけで十分ですが……」
「気にしないでくださいよ〜。俺も経験あるけど、捻挫って痛いときはシャレにならない痛さでしょ?」
確かに。僕もその点には激しく同意する。
今朝起きたら左足首に鋭い痛みが走り、泣きそうになった。歩くどころか、立つのもやっとのありさまだ。
佐久良が用意してくれたレンタルの松葉杖を脇に挟むようにして持ち、後部座席に座りながら、そっと胸に引き寄せた。痛みが引くまで、この重たい一対の杖に頼らなくてはいけないのだ。
僕の左隣のシートには佐久良が座っていて、鞄を持ってくれたりと、なにかと補助してくれる。
海斗くんは恐縮する僕を和ませるように話を続けた。
「勤めてたバーが潰れちゃって無職になったばっかなんで。自慢じゃないけど時間の融通は効きます。負担に思わないでくださいね。俺、車も趣味なんですけど、酒の仕事してると好きなときに運転できなかったんですよね。だから今はできるだけ運転したくって〜」
「な、なるほど」
「それにしても、男子校の先生って、先生みたいな美人さんもいるんですねえ! サカった生徒に襲われたりしませんかぁ?」
「美人って……まさか僕のことですか?」
バックミラーを通して、海斗くんからちらちらと視線を寄越される。目が緩やかな弧を描いていた。朝っぱらから従兄弟に駆り出されて興味津々らしい。
「ないない。ないですよ」
笑いながら顔の前で手を振った。せいぜいイキった生徒に舐めた態度を取られる程度で、おおむね穏やかな教師生活を送ってきたのだ。
例外はここにいる佐久良だけ。
そんな僕に対して興味が尽きない様子の海斗くんだったが、
「おい海斗、そういうこと訊くなよ」
仏頂面になった佐久良が苛ついた声で苦言を呈した。
「えー、いいじゃん。つーか俺、おまえより年長者だし、車出してんだし、もっと敬え? 先生みたいな美人は人類の宝ぞ?」
「ごちゃごちゃ細かいんだよ、車引っかくぞ」
「やだこわい! 龍ちゃんが言うと冗談に聞こえないからぁ!」
二人してぎゃあぎゃあ言い合っているのを見ると、賑やかで活気があって、やっぱり若いなぁと感じる。
あんなふうには、はしゃげない。佐久良の年相応の無邪気さを見せつけられたような気分になった。
なにはともあれ、僕にとって、おそろしく至れり尽くせりな日々の始まりだった。
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