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Episode1・クロードと二人のにーさま4

「クロード、大丈夫?」 「…………だいじょうぶです。ひとりでおきられます」  クロードは両手を地面について起き上がりました。  さっきまで調子よく動いていましたが、今は少し落ち込んだように肩を落としてしまう。  もしかしたら力の差を改めて感じたのかもしれません。 「……にーさま」 「ん?」 「さっきのなんですか?」 「あれは防御の型の一つだよ」 「……わたしも、かくせいしたらできるようになりますか?」  覚醒。  その言葉に私は少しだけ切ない気持ちになりました。  クロードは五歳になりました。ハウストと私の手元ですくすく育っているクロードは自分が次代の魔王だということを自覚しています。  立派な魔王になることを目指して勉学に勤しみ、強くなるための鍛錬やお稽古も真面目に取り組んでいます。とても頑張り屋さんなのですよ。  しかしそんなクロードですがまだ『覚醒』していませんでした。  覚醒しなくても初代の血を継いでいるので王にはなれるのですが、覚醒していなければ王といえども侮られることがあるそうです。  神格の存在ならば神格の力をみせよと、神格の力で魔界を守ってみせよと、暗に求められるのでした。  そのこともあってクロードは今より幼い頃から覚醒を意識し、覚醒を渇望しているようでした。  ハウスト曰くクロードにも潜在能力はあるようです。しかし覚醒は本人次第ということです。 「クロード……」  私は名を呟いて指先を握りしめました。  渇望するクロードに切ない気持ちがこみあげる。だってクロードはまだ五歳、そんなことを意識して気後れさせてしまいたくありませんでした。  焦らなくてもよいのですよと伝えているけれど、この件について私の言葉ほど説得力がないものはありません。力無しの人間である私が王の重責を語るなどおこがましいことなのです。  クロードは視線を地面に落としてしまいましたが。 「クロード、お腹すいちゃった?」 「わっ!」  クロードが驚いて顔をあげました。  突然ゼロスに顔を覗き込まれてびっくりしたのです。 「な、なんですかきゅうにっ」 「クロードがいきなり元気なくなるから、お腹空いたのかと思って。おやつまだでしょ?」 「まだですけど、わたしはいまとっくんちゅうですから!」 「僕がお腹空いたの。冥界から帰ってきてからなにも食べてないから」 「ええ~っ、それじゃあとっくんのつづきは!?」 「またあとでね」 「あとっていつですか!」 「うーん、また今度とか?」 「にーさま!」  クロードが声を荒げます。  まだまだゼロスの指導を受けたいようですね。  でもゼロスの方はもう切り上げたいようです。あの子は子どもの頃から隙あらば訓練から脱走する子でした。追ってくる指導教官たちをかわして北離宮に逃げ込んでいたくらいです。 「クロードは怒りん坊だなあ。おやつの時間にしてくれたら、さっきの防御の型教えてあげるから」 「えっ! かくせいしなくてもできるんですか!?」 「いらないいらない。相手の攻撃を利用する防御だから、力の使い方を覚えればすぐ出来るようになるよ」 「そ、それならいいですよ!」 「よし決まりね」  ゼロスがニヤリと笑って頷きます。  弟を納得させられてほっとひと安心といったところでしょうか。  ゼロスは東屋にいる私に手を振ります。 「ブレイラ~、今からおやつにしようよ~!」 「そうですね、私も少しお腹が空きました。では植物園のサロンでおやつにしましょうか」  私も笑顔で答えました。  そうするとさっきまで沈んでいたクロードも笑顔になって、嬉しそうに手を振ってくれました。    植物園のサロンに華やかなティーセットが並べられます。  私はゼロスとクロードに紅茶を淹れてあげました。専属の給仕係もいますが、こうして一緒に過ごすお茶の時間では私がしてあげたいのです。  こうしておやつを楽しみながらおしゃべりしていると、女官からイスラが帰城をしたと知らせを受けました。  気付いたクロードが嬉しそうに聞いてきます。 「イスラにーさまがかえってきたんですか?」 「そうですよ。こちらに向かっているようです」  そう話しているうちにサロンの扉がノックされました。イスラですね。  士官が扉を開けてくれます。 「ブレイラ、ただいま」 「おかえりなさい、イスラ」  立ち上がって迎えると、イスラがまっすぐに私のところに歩いてきます。  手を差しだすとイスラがそっと手を取って唇を寄せました。  私はイスラを見上げて微笑みかける。  少し前まで私と同じくらいの目線だったのに、イスラの身長はぐんっと伸びてハウストと並ぶほどに高くなりました。 「そろそろ帰ってくる頃だと思っていました」 「ああ。ブレイラ、これお土産だ」  そう言ってイスラが渡してくれたのは香ばしい薫りのする焼き菓子でした。でも少し驚いてしまう。だってその焼き菓子の原材料は人間界にしか生息しないもので、当然ながら魔界ではほとんど知られていない焼き菓子でした。 「イスラ、今日は魔界の王都から南の街に行っていたんですよね?」 「驚いたか? 人間界の菓子職人が魔界に菓子屋を開店させたと聞いて行ってみたんだ。繁盛していたぞ」 「そうでしたか。人間界の菓子職人が、この魔界に」  心が温かくなるような嬉しさが込み上げました。  強力な結界で遮られた世界は長らく不干渉状態が続き、民間の交流などほとんどなかったのです。それが私とハウストの結婚を切っ掛けに魔界、人間界、精霊界の三界は少しずつ親交を結んでいきました。最初は公人間の交流からでしたが、今では民間の人間が魔界で店を開店させるまでになったのですね。 「イスラ、ありがとうございます。今からさっそく頂きましょう」 「兄上、おかえり! 僕のぶんは?」 「ただいま。お前たちの分もあるぞ。多めに買ってきた」 「やった~、ありがと。ブレイラ、僕も手伝うよ」  ゼロスが私のところに来て手伝ってくれます。  一緒に紅茶を淹れてくれて、お土産の焼き菓子を大皿に分けてくれました。ゼロスは幼い頃からよくお手伝いしてくれましたね。  私とゼロスが準備していると、今度はクロードがイスラにお帰りなさいの挨拶をしています。

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