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Episode1・クロードと二人のにーさま5

「イスラにーさま、おかえりなさい」 「ただいま。クロードにはもう一つお土産があるぞ」 「え、わたしにもうひとつ!?」 「ああ、古書店街を歩いてたら見つけたんだ。こういうの好きだろ?」  そう言ってイスラが渡したのは一冊の絵本でした。  表紙には可愛らしい絵柄の男の子と女の子が描かれていて、見るからに感動系です。  受け取ったクロードは瞳をキラキラ輝かせました。こういうの大好きですからね。  クロードが絵本を抱きしめてお礼を言いますが、 「イスラにーさま、ありが」  ふいにハッとして口を押えました。  そして平然とした顔を作るとコホンッと小さな咳払い。 「にーさま、ありがとうございます。でも、わたしはもうえほんをそつぎょうしています」  クロードがきっぱり言いました。  おやまた生意気な。卒業なんて言ってますが北離宮にあるクロードの部屋には絵本しかありませんよ。私の執務室にある本棚の一画はクロードの絵本コーナーになっています。  私はゼロスとお菓子の準備をしながらイスラとクロードのやり取りを見守ります。 「なんだ、不満だったか?」  イスラがそう言ってソファに腰を下ろしました。  ソファに座ったことで目線は同じになるけれど、二人の様子は対象的です。イスラは口元にニヤリとした笑みを刻んでいるのに、クロードの方はおろおろ視線を動かしているんですから。 「ふ、ふまんとかそんなんじゃなくて、わたしはえほんをそつぎょうしたんですっ」 「なるほど、もう絵本は読んでないのか」 「えほんはこどもがよむものですから」  クロードは気取ってそう答えると、自分のハンカチで口元をふきふき。おやつ中断ということですね。  クロードは張り切って分厚い教本とノートをテーブルに広げました。見るからに難しそうな魔法陣の教本。描かれている魔法陣も解説文章も複雑なもので、ひと目で大人用のものだと分かります。たしか子ども用は『よいこのまほーじん』だったはず。 「それはなんだ?」 「わたしがべんきょうしているきょうほんです。こんなのよんでるんです」  自分は子ども用の絵本ではなく、大人の教本を読んでいるというアピールのようですね。  分厚い魔法陣の教本を開いて「ふんふん、なるほど」なんてお勉強を始めてしまいました。しかも見せつけるように。どうやら絵本をお土産にされて子ども扱いされたと思ったようです。 「そうか、クロードはこんな勉強してるのか」  ふーんとイスラはなにげなくノートを手に取ってパラパラパラ……。  ノートにはたくさんの魔法陣が書いてありました。クロードが教本を見ながら何度も何度も描き写したものです。  クロードはノートを見ているイスラをちらちら気にしていました。緊張している顔です。 「に、にーさま、どうですか? これとかじょうずにかけました」 「ああ、よく描けてる。……ん? この紋章の角度違ってるぞ?」 「ええっ、ちゃんとうつしたのにっ。どこですか!?」 「ここだ。この系統の魔法陣は失敗すると面倒だぞ。描くならしっかり覚えろ」 「は、はいっ」  クロードはお利口な返事をするとイスラに教わりながら一生懸命魔法陣を覚えます。  私はその姿を見ながら感心のため息をつきました。 「魔法陣を覚えるのも大変なんですね」 「そうなんだね」  ゼロスも感心したようにクロードを見ています。  まるで他人事のようですね。ゼロスだって勉強していたと思うのですが。 「あなただって魔法陣の勉強をしていたんじゃないですか?」 「ううん、僕は魔法陣の教本は一度も開いたことない」 「え」 「一度も自分で描いたことないから」 「あっ!」  ハッとしました。  そうです。赤ちゃんの頃に覚醒したイスラとゼロスは、初めて魔力を発動した時も自分で魔法陣を描いたりしていません。自然に出現して魔力を発動させたのです。  一般的に魔力を発動させる時は魔法陣を手描きしなければならないのですが、イスラやゼロスは子どもの時から規格外なので無用でした。  私はおそるおそるクロードを振り返って、ああっ……。 「クロードっ……」  クロードがプルプルしてます。下唇を噛みしめてプルプル……。  私とゼロスの会話が聞こえてしまったのです。私の失態です。 「ゼロス、すみません。ちょっと任せます。あとは茶葉を蒸らすだけですから」 「分かった」  私はゼロスに任せるとクロードの側へ。  テーブルに向かってお勉強しながらもプルプルしている小さな背中。私の胸はぎゅっとして、プルプルしている隣に座りました。  それ以外なにも出来ません。私の慰めなどなんの意味もないからです。  だからただクロードの隣に静かに寄り添うのです。クロードの一番側に、私はここにいますと伝えるように。  すると少ししてローブの裾がぎゅっと握られました。クロードの小さな手です。  良かった。プルプル、治まっていますね。  私は笑いかけて、ノートの魔法陣を指差します。同じ魔法陣がたくさん。たくさんたくさん練習したのですね。 「これ上手ですね」 「……これはかんぺきにおぼえました」 「こんな複雑な魔法陣を描けるなんてすごいです」 「もっとかけます。ほかのもいっぱいおぼえました」  クロードの口調に少しずつ元気が戻っていきます。良かった。私はね、覚えたことを私に教えてくれるあなたが大好きなんです。 「あ、これは防壁魔法陣ですね。防壁魔法陣ってこんなに綺麗な模様の魔法陣だったんですね。なんて美しい」  防壁魔法陣は私にとっても身近な魔法陣です。  もちろん魔力無しの私は発動できませんが、私を守ってくれる時によく発動されています。でも今、紙に描かれた魔法陣を見てため息をつきました。 「クロード、ありがとうございます。見慣れているはずなのに、こうして改めて見ると今まで気付けなかった細かな模様に気付けました。あなたのおかげです」 「はい! えっと、ブレイラこれも! これもみてください! こっちのも!」  クロードの顔がパァッと輝いて、次から次にノートを開いて覚えた魔法陣を見せてくれます。  どの魔法陣もたくさん練習されたもので、私はその一つ一つを見つめました。

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