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Episode1・クロードと二人のにーさま6
「クロードはこんなにたくさん覚えたんですね。驚きました」
「またあたらしいのをおぼえたらブレイラにみせてあげます。いまはこれです」
「上手に描けていますね」
こうしてすごしていると女官が私の側に来て教えてくれる。ハウストがこちらに向かっているようです。
どうやら政務がひと段落して休憩時間に入ったようですね。
「ブレイラ、入るぞ」
「どうぞ」
少しして扉が開いてハウストが来てくれました。
私は立ち上がって出迎えます。
「お疲れ様です」
「ああ、お前の顔を見にきた」
そう言ってハウストは私のところに来てくれます。
私の背に手を当て、頬にそっと口付けてくれる。私もお返しに彼の頬に口付けを一つ。不思議ですね、今朝も会ったばかりなのに胸が高鳴るのですから。
「ふふふ、嬉しいことを」
「お前の顔はどれだけ見ても飽きないんだ。あと紅茶も頼みたい」
「ざんね~ん、今日は僕が淹れてるよ~」
ゼロスが悪びれなく言いました。
割り込まれた返答にハウストの眉間に皺が刻まれます。でも家族が揃っている光景に目元を和らげました。
「……まあいい。頼んだぞ」
「任せてよ。父上、お疲れ様」
ゼロスがそう言うと、イスラもハウストに向かって軽く手をあげます。
ハウストも「ああ、お前たちもおかえり」と返しました。二人が政務を兼ねて城外へ行っていたことを知っているのです。
「ちちうえ、おかえりなさい!」
最後にクロードのご挨拶。でもクロードはまたすぐにテーブルに向かってしまいました。一生懸命な姿です。
「ふふふ、あなたもゆっくり休んでください」
私はハウストの腕を取ってソファへ連れていきます。
ハウストがソファにゆったり腰を下ろすと、私もその隣に座りました。
でもそんな私たちの前にはクロードの小さな背中。目の前のテーブルでせっせとお勉強中なのです。
「クロードは一人でなにしてるんだ」
「見ての通りお勉強ですよ」
「宿題か?」
「まさか、クロードは宿題をおやつの時間まで残す子ではありませんよ。自習勉強です」
「今するのか?」
ハウストが訝しげにクロードの背中を見ます。
私は苦笑して頷きました。さっきの経緯を簡単に説明するのは難しいのですよ。
そうしている間にゼロスが人数分の紅茶を淹れてくれました。
「おまたせ~。上手にできたよ~」
「ありがとうございます。では頂きましょう。これはイスラがお土産に買ってきたお菓子なんですよ? 人間界の職人が魔界で出店したものです」
私はハウストに説明すると、今度はクロードに呼びかけます。
「クロード」
「なんですか?」
返事はしてくれるけれどノートに向かったまま。
一生懸命な姿は誇らしいけれど寂しいではないですか。
「少し休憩しましょう。お茶が入りましたよ?」
「んー、もうちょっと……」
……振り向いてくれません。
「ちょっとって、どれくらいですか?」
「んー、もうちょっと~……」
「もういいです、実力行使です」
ずるずるずる~~。
「わああっ、ブレイラ、なにするんですかっ」
「実力行使ですよ」
後ろから抱っこして、そのままずるずる~~。と引きずりあげて膝抱っこです。
抱っこしたクロードの顔を覗き込んで笑いかけました。
「頑張っているあなたもステキですが、一緒にお茶を飲んでくれるあなたもステキだと思っているんです」
そう言いながら手拭きでクロードの手を拭いてあげます。
後ろから両手を回して手を拭いてあげる私にクロードが少しだけ唇を尖らせました。
「……わたし、こどもじゃないです」
「私がしたいのですよ」
子どもじゃないというけれど、よく北離宮に遊びに来てくれるじゃないですか。
北離宮に来たクロードは絵本を読んだりお絵描きをしたり、私とおしゃべりをしたり。本殿では大人が読むような難しい書物を読んでいるクロードですが、北離宮ではまた違った姿を見せてくれます。
そのことについて私はクロードに聞いたことはありません。わざわざ聞かなくてもよいのです。クロードが北離宮に遊びに来てくれることも、私にしか見せない姿があることも、私にとって嬉しいことなのです。
こうして家族でお茶の時間が始まりました。
私はイスラのお土産の焼き菓子をいただきます。
クロードは私とハウストの真ん中に座り直し、ミルクたっぷりの紅茶を飲んでお土産の焼き菓子を頬張っていました。
そんな私たちの前でゼロスがハウストとイスラに冥界であったことを説明します。
「今日、冥界に行ったら小さな鍾乳洞が出来てたんだけど、どう思う? 一週間で出来るものかなあ」
「お前が今まで見逃してただけなんじゃないのか?」
イスラが紅茶を飲みながら聞きました。
あしらうような返答にゼロスがムッとします。
「ちがう。今日初めて見たんだって」
「元は沈んでいたものが、地殻変動で隆起してきたんじゃないのか? 創世期ならそれくらい起こるだろ」
今度はハウストが紅茶を飲みながら聞きました。
これにはゼロスも「うーん」と呻ります。
「ぼくもそうかなあ~って思ったんだけど、そこ一帯にここ一週間以内で地殻変動が起こった形跡はなかったよ。だからそれも違った。よく分からないけど、突然パッと現われたみたいなんだ。転移魔法みたいに」
ゼロスの見解にハウストとイスラは顔を見合わせました。
転移魔法で鍾乳洞出現、そんなの聞いたことありませんもんね。
イスラは少し思案しましたが、仕方ないとため息をつきます。
「……分かった。明日案内しろ。一度見てみたい」
「うん、一度見てみてよ。兄上も絶対びっくりするって。父上もくる?」
ゼロスがハウストも誘いました。
ハウストは少し興味を引かれているようですが断念します。
「俺は仕事だ。だが四界の王として見過ごせないものなら知っておきたい。イスラ、頼んだぞ」
「分かった」
ハウストは続いてゼロスにも指示します。
「ゼロス、お前は報告書を作成しとけ」
「ええ~、それなら父上が見に来て書けばいいのに~」
「どうして魔王の俺が冥界の報告書を作成するんだ。おかしいだろ」
ハウストが眉間に皺を刻んで言いました。
ふふふ、たしかにおかしいですね。
私は三人のやり取りを見ていましたが、クロードの口にお菓子の欠片がついているのに気づきます。
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