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Episode1・クロードと二人のにーさま8
◆◆◆◆◆◆
翌日の朝。
クロードはブレイラと一緒に政務に行くハウストを見送った。
見送りといっても魔王ハウストの政務は城で行なわれる。王妃ブレイラの政務も北離宮で行なわれる。魔王の居城は一つの街のように広いが、同じ敷地内ですごすことには変わりない。
だがしかし、仲良しなハウストとブレイラは離れがたい様子で「いってくる」「いってらっしゃい」と繰り返す。飽きもせず毎日。そう毎日だ。クロードは毎日見ているので間違いない。
この前フェリクトールが「いい加減に飽きたまえ」と呆れた顔をしていたから、きっと自分が生まれる前からこうだったのだろうとクロードは思っている。
そうやってハウストを見送ったあと、次はイスラとゼロスを見送る。今日は冥界の調査へ行くのである。
「イスラ、ゼロス、いってらっしゃい。気を付けてくださいね。無理はしないように」
「ああ、行ってくる」
そう言ってイスラがブレイラの頬に口付ける。
ブレイラも頬に口付けを返すと、近い距離で見つめあったまま笑いかける。
「待ってますね。ゼロスをお願いします」
「任せろ」
イスラはそう答えたが、聞いていたゼロスがムッとする。
「僕、お任せされなくても強いんだけど」
「ふふふ、分かっていますよ。でも無茶をするのは無しですからね?」
「うん、分かってる。ブレイラは心配性なんだから」
「心配しますよ、大好きなんですから」
「それなら仕方ないね」
そう言って今度はゼロスがブレイラの頬に口付ける。
ブレイラは「はい、仕方ありません」と小さく笑って口付けを返した。
こうしてブレイラはいってらっしゃいの挨拶を終わらせたが、クロードは少しだけ面白くない顔をしていた。
納得しているがやっぱりお留守番は不満なのだ。
それに気付いたイスラが苦笑する。
「そんな顔するな、クロード」
「……わかっています」
「本当か?」
「ほんと」
そう答えつつもクロードはやっぱり拗ねた顔のままだ。
そんなクロードをゼロスがしゃがんで覗き込む。
「元気だして。クロードもまた連れてってあげるから」
「それはいつですか?」
「ええ、いつって……」
「こたえてください」
「う、うーん」
「にーさま、はやく」
クロードがじりじり迫ると、ゼロスが「いつにしようかなあ~」と悩んでしまう。
そんな二人の様子にブレイラが小さく笑った。
「クロード、ゼロスが困ってしまったではないですか」
「だって、つれてってくれるっていったから」
「クロードが冥界へ行く時は、私やハウストと一緒の時ですよ。いいですね?」
「はい……」
優しくそう言われればクロードも黙って頷くしかない。
クロードだって分かっているのだ。創世期の冥界は軽い気持ちで行ける場所ではないのだと。
「行ってきます」
「行ってきまーす!」
ゼロスが転移魔法を発動して二人は冥界へと転移した。
こうしてブレイラとクロードが残される。
「さあ、私たちも戻りましょうか。クロードの予定は午前中に地学と化学の講義でしたね」
「はい。……ブレイラ、あのやくそく」
「ふふふ。もちろん覚えていますよ。お昼から一緒に庭園を散歩しましょう。あ、昼食を庭園でいただくというのはどうでしょう。今日は良い天気ですから気持ちいいですよ」
「します! ていえんでおしょくじ!」
「楽しみですね」
いい子いい子とブレイラがクロードの頭を撫でる。
クロードはブレイラと手を繋ぎ、講師が待っている部屋まで一緒に歩いた。ブレイラはいつも講義がある部屋まで送ってくれるのだ。ブレイラは講師に挨拶すると、膝をついてクロードと目線を合わせてくれる。
「クロード、今日の講義も頑張ってくださいね。講義が終わったら庭園にきてください。待ち合わせの約束です」
「はい」
「よい返事です」
そう言ってブレイラの指がクロードの頬を撫でる。くすぐったさにクロードが肩を竦めると、シャツの襟を整え直してくれるのだ。
元からシャツの襟はピンッと整っているけれど、ブレイラの綺麗な指が襟を直してくれるのが好きだった。
「私も政務に行ってきます。なにかあればいつでも来なさい。ではクロードをよろしくお願いします」
「はい。いってらっしゃい、ブレイラ」
「お任せください、王妃様」
クロードがブレイラに手を振り、講師は深々とお辞儀する。
ブレイラは女官や侍女たちを従えて北離宮へと歩いて行った。
そしてクロードの講義が始まった。
宿題はもちろん予習復習自習もしているので講義はとっても楽しい。講師も「五歳でこんなことも覚えたなんて、とても素晴らしい!」とクロードをとても褒めてくれるのだ。
次の魔王になるのだから当然だ。でもとっても気分がいい。あとでブレイラに話してあげよう。
地学では抜き打ちテストで満点を取った。講師は「よく勉強していますね、さすがクロード様です」と褒めてくれる。これもブレイラに話してあげよう。
勉強するのも満点を取るのも当たり前だけど、ブレイラは話すたびにとても喜んでくれるのだ。
こうして気分がいいまま講義が終わった。あとは自由時間である。ブレイラと庭園で昼食を食べて、そのあとは一緒にお散歩をするのだ。
クロードは待ち合わせの庭園に向かった。
しかし庭園にブレイラの姿はなく、北離宮の女官から「王妃様は政務が立て込んでいますので少し遅れます」と伝えられる。
「……まってます、てブレイラに伝えといて」
「畏まりました」
女官は丁寧にお辞儀して北離宮に戻っていった。
政務なら仕方ない。ブレイラは魔界の王妃様なのだから。
クロードは庭園で遊んで待っていることにした。
花壇で舞っている蝶を追いかけたり、昆虫を探してみたり、地面にしゃがんで落書きをしたり。
地面に落書きしながら、ふと空を見上げる。
「……にーさまたちと、めいかい、いきたかったなあ」
ぽつりと漏れた。
しゃがんで見上げた空は、とても高くて大きくて……遠かった。
クロードには二人のにーさまがいるけれど、とても高くて大きくて……遠かった。クロードのことをとても大事にしてくれて、構ってくれて、かわいがってくれて、守ってくれるけれど、……なんだか遠かった。この空のように届かない。
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