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Episode1・クロードと二人のにーさま10
クロードと昼食を終えて散歩をした後、私はまた政務に戻らなければなりません。そしてクロードも今から体術のお稽古です。
もっとゆっくり散歩をしていたいけれど仕方ありませんね。
「それではおけいこにいってきます」
「はい、いってらっしゃい。頑張ってくださいね」
私はクロードを訓練場まで見送ると北離宮に戻るわけですが、その前に。
くるりっ、方向転換。
私に従っていた女官や侍女たちも一緒に方向転換。急なそれでしたが私に長く仕えてくれている方々は平然としたまま従ってくれます。コレット曰く、「ブレイラ様の女官や侍女は多少のことには動じません。慣れましたから」とのことです。笑顔で教えてくれました。
私は本殿へと歩きます。本殿の中でもプライベートな区域ではなく、政務が行なわれている区域へ。
そこへ立ち入ると突然現れた王妃に士官や文官たちがざわめきます。中には人間界や精霊界の外交官の姿もありました。
「王妃様、ご機嫌麗しく」
「お会いできて光栄です」
「こんにちは。お疲れ様です」
私は挨拶を返しながら進みます。
王妃の一団が進むにつれてざわめきが大きくなって、聞きつけた上級士官やハウストの側近が慌てて駆けつけてきました。
「王妃様、お迎え出来ず大変申し訳ありませんっ。如何いたしましたか?」
「突然来てごめんなさい。ハウストにお話しがあって来ました」
「では魔王様にお伝えします」
「ありがとうございます。でも時間を取らせるようなものでもないので自分で行きます」
私はそう言うとハウストの執務室へ向かいます。
魔王の執務室に近付くにつれて上級士官の姿が多くなり、執務中だった大臣や将校が慌てて廊下に出て来て挨拶をされました。
そうして本殿の魔王の執務室に辿りつき、警備兵が最敬礼します。
「お疲れ様です。ハウストはいますか?」
「はっ、こちらに」
扉が開かれました。
まず控えの間があってその奥の部屋にハウストがいます。
コレットを残して女官や侍女は廊下で待機し、コレットだけ付いてきますが彼女も控えの間で待機します。
私に気付いた側近士官がハウストに伝えに行こうとしましたが、私はそれを断って自分で執務室の扉をノックしました。
「失礼します。ハウスト、今よかったですか?」
「ブレイラか。入れ」
「失礼します」
扉を開けると奥の執務机にはハウストがいました。
その周りには書記官や上級士官の姿もあります。
当然ながら政務中の彼に少し申し訳ない気持ちになる。でもなるべく早く伝えておきたいことがあったのです。
「突然訪ねてきてすみません。あなたに伝えておきたいことがあって」
「分かった」
ハウストが人払いを命じると士官たちが退室していきます。
扉の前でそれを見送ると、ハウストが立ち上がって私を迎えに来てくれました。
「政務中にお前の顔が見れるのはいいな。気分が良くなる」
「ふふふ、嬉しいことを」
「なにかあったのか?」
「はい。クロードのことでお耳に入れておきたいことがあって」
そう話しながらハウストの手が私の腰に添えられ、そのままソファへと促されます。
ゆっくり腰を下ろすとハウストも隣に座ってくれました。
「クロードになにかあったのか?」
「……それは分かりません。でもお散歩の時にいつもより元気がなかったようなので」
「腹が減ってただけじゃないのか?」
「昼食をいただいた後でした」
「講師に叱られたとか」
「今日もたくさん褒められたようですよ」
「稽古が嫌だったとか」
「クロードはお稽古を嫌がったことはありません。ゼロスの特訓にも積極的なくらいです」
「そうだよな」
ハウストもそれは知っているので頷きます。
クロードは真面目なタイプなので一度も休んだことはないのです。むしろ一日くらい休んでもいいのですよと言葉をかけたことがあるくらい。
でも今日、散歩中に気付いたことがありました。
「クロードと庭園を散歩していた時にたまたま見てしまったんですが、あの子、地面に描いた魔法陣や数式を消してたんです」
「…………。……うん?」
ハウストが首を傾げてしまいました。
それがどうしたと言わんばかりの彼にムッとしてしまう。
「なんですか、分からないのですか。クロードはなにかを覚えると私に教えてくれるんです。いつもなら地面に描いた魔法陣や数式を見せてくれるんですから」
私はいつものクロードを思いだしてため息をついてしまう。
いつも散歩中でも突然しゃがんで地面にお絵描きを始めます。地面に魔法陣を描くと誇らしげに『かんぺきにおぼえました』と教えてくれるのです。クロード的にはさりげなくスマートに私に教えているつもりのようですが、これをする時のクロードはずっとソワソワしていてタイミングを見計らっていました。もちろん突然しゃがんで落書きを始めるスタイルはスマートとは言い難いのですが、そのソワソワした姿が可愛くて私もワクワクしながら待ってしまうのですよ。
「それを消してたのか」
「はい、なにか悩んでいるようです。きっと……覚醒のことじゃないかと」
思い当たることといえばこれでした。
クロードは自分がまだ覚醒していないことを悩んでいるのです。
「そんなに悩むことでもないだろ。クロードの潜在能力は問題ないぞ?」
ハウストが首を傾げて言いました。
そんな彼に私は目を据わらせてしまう。
気付いたハウストが少し焦ります。
「……なんだ、そんな怖い顔して」
「あなたには見えているのでしょうが、クロードにはまだ見えないのです。不安になるのは当然のこと。分かってるんですか?」
「そ、そうだがクロードも初代の血筋で」
「初代の血筋がどうのこうのの問題ではありません」
きっぱり言い返しました。
ハウストはムムッと眉間に皺を刻んだけれど、こればかりは私も引けません。私もムムッと見つめ返してやります。
だいたいこの問題で話す時、ハウストとイスラとゼロスは少しばかり鈍感になるので困りものです。それというのも三人は早くから覚醒して規格外の力を自在に行使していました。そんな三人にとって覚醒など当たり前すぎて、覚醒に焦がれる気持ちがいまいち理解できないのです。
こうして睨みあいっこしていましたが、少ししてハウストが両手をあげて降参してくれます。
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