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Episode1・クロードと二人のにーさま11

「……悪かった、俺の理解不足だった。だからそんな顔するな」 「分かればよいのです」  睨みあいっこから解放してあげました。  私は改めてハウストに相談します。 「ハウスト、クロードはイスラやゼロスとは違います。覚醒もそうですが、それだけではありません。クロードはあなたから多くのものを継がなければならないのです」 「そうだな……」  ハウストが厳しい面差しで頷きました。  そう、それがクロードがイスラやゼロスとは違う点でした。  イスラは唯一絶対の王。  勇者は初代時代から国土も玉座も血筋も持ちません。人間界が危機に陥った時、レオノーラの祈りによって勇者の卵が地上に出現します。そして力無しの人間によって卵は孵化し、勇者は誕生するのです。勇者は一代。唯一絶対の王として人間界を統べているのです。  ゼロスは創世の王。  冥界は初代時代は幻想界と呼ばれていましたが、一万年前に封印されて冥界となったのです。五年前に冥界は消滅し、初代時代から継承されていた国土も玉座も血筋も全て消滅しました。しかしレオノーラの祈りによって冥王の卵が地上に出現し、ゼロスが誕生しました。ゼロスの覚醒によって新たな冥界が創世したのです。  ゼロスは創世の王として新たな冥界を統べています。  そしてクロードは継承の王。  この子が受け継ぐのは初代時代から継承されてきた魔王の玉座なのです。それは歴代魔王が紡いだ魔界の叡智。その叡智を我が物と手中に収めることが出来たならクロードにとって大きな力になるでしょう。しかし叡智に翻弄されるようなことがあれば、神格でありながら凡庸だと侮られる存在になってしまうでしょう。  そう、あえてイスラやゼロスとの違いをあげるなら、それはクロードが多くのしがらみの中で王とならねばならないということです。  それは五歳の子どもが背負うには想像を絶する重責と重圧でした。 「クロードはとても頭の良い子です。五歳とは思えないほど聡くて察しのいい子です。私はね、だから心配なのです。鈍感でいた方が楽なこともあるのに、それをしない誠実な子ですから」  私はそう話すとハウストを見つめました。  お願いしたいことがあります。  私に出来ることは少ないですが少しでもクロードを支えてあげたいのです。 「ハウスト、クロードは今もたくさん悩んでしまっていることでしょう。なにか気晴らしになることをしてあげたいです」 「気晴らしか……」 「はい、クロードがなにか元気がでることを」  うーんと悩みます。  クロードが楽しめることで、クロードが出来そうなこと。なにかないでしょうか。  悩みましたが、「そうだっ」と閃きました。 「ハウスト、乗馬遊びはどうでしょう」 「乗馬か。たしかに気晴らしにはなるな」 「はい、乗馬訓練ではなく乗馬遊びなら気軽に気分転換できます。クロードは赤ちゃんの時に木馬遊びが好きでしたから、きっと楽しめますよ。折を見て誘いましょう。木馬に上手に乗ってましたから乗馬も上手ですよ」 「……木馬に乗るのが上手くても乗馬が上手いとは限らないんじゃないのか?」 「限ります。大丈夫です。クロードは立派に乗馬できます」  私は即座に返しました。  木馬に乗ってゆらゆら揺れている赤ちゃんのクロードを覚えています。とっても上手でしたから大丈夫。  こうして私とハウストはクロードを気晴らしさせるため、機会を窺って乗馬遊びに誘うことにしたのでした。  その日の夜。  家族揃って夕食を終えた私たちは居間でゆったりした時間を過ごしていました。  話題はもっぱら冥界のこと。イスラとゼロスは朝から冥界の調査へ行っていたのです。それはハウストも気にかけていたことでした。 「父上、これどう? 上手に書けてると思うんだけど」  そう言ってゼロスがハウストに渡したのは報告書。  ゼロスは冥界から帰ってから調査報告書を作成していたのです。  しかし今、報告するために報告書を渡したのではありません。魔王にチェックしてもらうため。 「……どうして俺が冥王の書類をチェックするんだ。おかしいだろ」 「どうしてそんなこと言うの。力を合わせて頑張ろうよ」 「なにが力を合わせてだ。これじゃあ俺しか力だしてないだろ」 「そうかなあ。僕も頑張ったと思うんだけどなあ」 「……なにを頑張ってるんだ」 「こことか。ここすごく頑張って書いたんだけど。結構しっかり書いてるでしょ?」  ゼロスが書類を指差します。  ハウストはそこに目を通す。なんだかんだ言いながらも書類をチェックしてあげてました。 「なるほど。お前にしては悪くない」 「兄上に教えてもらった」 「やっぱりな」  ハウストが納得したように頷きました。  一人掛けのソファで紅茶を飲んでいたイスラが「当然だ」と頷いています。どうやら調査から帰ってきてからイスラの指導で報告書を作成していたようですね。  十五歳になったゼロスは学業習得を終えていますが、四界の王として学ばねばならないことがまだまだたくさんあります。この報告書もその一つ。座学は面倒くさがってしまうゼロスですが、イスラやハウストから学びながら頑張っています。  冥王が勇者と魔王に書類の書き方を教わっているという奇妙な構図ですが、まあいいですよね。魔王は父上、勇者は兄上ですから。  こうしてハウストは報告書に目を通していきますが、少しして眉間に皺を刻みます。 「……原因不明だったのか」 「ああ。幾つか原因になりえる現象の可能性も考えてみたが、それを立証するだけの確信も得られなかった。今のところ原因不明だ」  イスラが答えました。  どうやら今日の調査では突如鍾乳洞が出現した原因が分からなかったようです。  ハウストとイスラとゼロスの間で仕事の話しが始まりました。私も聞いていましたが、クロードが退屈しているんじゃないかと心配してしまう。  でも、ああその心配はありませんでしたね。  私の隣に座っているクロードはミルクたっぷりの紅茶を飲みながらハウストとイスラとゼロスの会話を聞いていました。

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