12 / 133
Episode1・クロードと二人のにーさま12
「鍾乳洞の中はどうなっていたんだ」
ハウストが報告書を見ながら聞きました。
それにはゼロスが答えます。
「普通の鍾乳洞だったよ。何万年もかけて造られたような、普通の鍾乳洞」
「奇妙だな」
「うん、奇妙でしょ?」
創世期の冥界に何万年もかけて形成されたような鍾乳洞があるのは不自然なのです。
もしあるとすればそれは星に元からあったものがたまたま隆起したものです。しかし地殻変動の痕跡がないのなら、やはり忽然と出現したと考えられました。でもそんなことがあるのでしょうか……。
「明日、兄上ともう一度行ってくる。もう少し調査範囲を広げてみようと思って」
「そうだな、それがいい」
ハウストも同意しました。
とりあえず今日の調査報告書は問題なく提出されるようですね。明日には冥王の正式な文書として魔王、勇者、精霊王の元に渡ります。勇者が指導して魔王が最終チェックをした文書だと思うと複雑ですが、……まあいいでしょう。ゼロスは当代王の中で最年少の四界の王なのです。まだまだ勉強中の王様でした。
「ねえねえ、ブレイラ」
くいくい、ローブの袖が引っ張られました。クロードです。
クロードはハウストとイスラとゼロスを見ながら私にこそこそ話しかけてきます。
「にーさまたち、あしたもめいかいにいくんですか?」
「そうみたいですね。明日も調査のようですね」
「…………」
「……クロード?」
見てます。クロードがじーっとイスラとゼロスを見てます。
小さな唇をきゅっと噛み締めて、歯がゆそうな顔でじーっと。
……いけません。この顔はいけません。
この顔は『わたしもいきたいです』とかなんとか言いだしそうな顔です。ぐっと耐えているようですが、一緒に行きたいという気持ちが今にも溢れだしそう。この子は赤ちゃんの頃からイスラやゼロスのお出かけには敏感なのです。ハイハイでついていくクロードを何度引き止めたことか……。
五歳なので赤ちゃんの時のように無茶はしませんが、それでも一緒に行きたい気持ちは強いようなのです。
今日のお散歩ではクロードの様子がいつもと違っていたので、クロードの気持ちを大切にしてあげたい。でも冥界に行くことを許すわけにはいきません。
私は悩んでしまいましたが、ハッとひらめく。
そうです、こんな時こそ気晴らしです。
私はクロードにこそこそ話しかける。
「明日、私と一緒に乗馬遊びしませんか?」
「じょうば……ですか?」
クロードが目をぱちくりさせました。
突然のお誘いにびっくり顔のクロード。私は笑いかけて提案を続けます。
「久しぶりに乗馬したい気分なんです。私に付き合ってください」
「わたし、……じょうばはまだならってないです」
「大丈夫ですよ。私とハウストが教えてあげますから。ね?」
「ちちうえもいっしょなんですか?」
クロードが少し興味を引かれたように反応します。
多忙な父上と一緒に遊べることが嬉しいのですね。このまま押しきれそうです。
「明日は私とハウストと乗馬をしましょう。いいですか?」
「……いいよ」
クロードがこくりと頷いてくれました。
少し悩んだ顔をしていますが納得してくれたクロードにひと安心です。
「ありがとうございますっ。明日が楽しみですね」
「うん」
こうして私とクロードがこそこそ話していると、じとーっとした視線を感じます。
振り向くとゼロスが羨ましそうに私とクロードを見ていました。
「いいなあ~。僕もブレイラと乗馬したい」
「いいなじゃないだろ。俺を巻き込んどいていい度胸だな」
イスラにじろりと睨まれてゼロスが慌てて首を横に振ります。
「ウソですっ。羨ましいの大丈夫ですっ。兄上、明日はよろしくお願いしますッ!」
「ふふふ、ゼロスはまた今度一緒に乗馬しましょうね」
「うん、約束ね」
「もちろんです」
家族で乗馬遊びというのもいいですね。
またハウストに相談しましょう。
こうして私たちは明日を楽しみにしてお茶の時間をすごしました。
◆◆◆◆◆◆
翌日。
クロードは講義後の復習をしながら悩んでいた。
今日は午後からハウストとブレイラの二人と乗馬遊びする日である。
昨日から楽しみにしていたクロードだが、どうしても引っ掛かっていることがあった。それはイスラとゼロスが冥界へ行くということだ。
イスラとゼロスは朝から王立図書館の研究室で過去の事例を調べている。それが終わり次第冥界へ行くのだと朝食の時に言っていた。クロードも聞いていたから間違いない。
クロードはソワソワしてしまう。
「ダメダメダメ、しゅうちゅうしないとっ」
イスラにーさまもよく集中しろって言ってる。
お勉強中は集中しないとダメなのだ。
クロードはノートに魔法陣を描き写していく。たくさん勉強して、みんなに認められるような立派な魔王様になるのだ。
こうして講義で習った魔法陣を一生懸命描いていたクロードだが。
「…………ゼロスにーさま、まほうじんかいたことないっていってた」
思い出すのは昨日のゼロスの言葉だった。
分かっていたが、やっぱりゼロスは魔法陣を手描きしたことがないのだ。手描きせずに強力な魔法陣を発動させることができる。それはクロードにとって誇らしいけれど、でも……。
ペンを握っていたクロードの手が止まった。
「……………」
……いきたい。
一緒に行きたい気持ちがむくむく込み上げる。
ダメだと分かっているのにっ……。
「…………ち、ちょっとだけ。ちょっとだけだし……。ちょっとだけ……」
クロードは椅子から降りるとお出かけリュックを引っ張り出した。
子どもサイズのリュックはクロードのお気に入りである。物心ついた頃から好きだった。だってこのリュックをおんぶするとみんなでお出掛けだったからだ。
ともだちにシェアしよう!