14 / 133

Episode1・クロードと二人のにーさま14

「遊びに行くんじゃないぞ?」 「わかってますっ」  クロードが背筋をピンッと伸ばして答えた。  イスラはクロードを見下ろす。背中にお出掛けリュックを背負い、訓練用の剣を括りつけている。実戦未経験のクロードが剣を握ったところで役に立つとは思えないが、それでも本人なりに覚悟して追いかけてきたのだろう。  イスラは大きなため息をついた。  クロードは幼すぎるのだ。  それは五歳だからではない。そもそも自分もゼロスも五歳の頃には剣を握って戦っていた。絶体絶命の危機も実戦も何度も乗り越えてきた。  そんな自分たちに比べてクロードはあまりに未熟だ。普通の五歳児に比べれば体力も身体能力も優秀なものだが、それはあくまで普通の五歳児と比べればという話しなのである。  だが、だからといってこのまま城の奥で剣の訓練をしていても何も変わらない。それを思うと冥界へ連れていくのは悪いことではないのだが。 「兄上、どうする? 僕は連れてってもいいと思うんだけど、ブレイラは心配するよね~……」 「…………」  無言のまま悩むイスラ。  そう、それである。まさにそれが悩む理由だ。  ブレイラは未熟なクロードをとても心配している。まだ覚醒していないことをクロードが悩んでいると心を痛め、少しでも慰めようと静かに寄り添っている。  そんなブレイラが、もしクロードが冥界の調査に同行したと知ったらと思うと……。  …………悩ましい。  イスラはブレイラの憂える顔を見たくないのだ。  しかし。 「にーさま……」  心細そうに自分を見上げるクロード。  赤ちゃんの頃からハイハイで自分やゼロスの後について来たのを覚えている。お出かけを察知すると、自分も連れて行けとばかりにリュックやおんぶ紐を引きずってくるのだ。  今もリュックを背負って一緒に連れて行けとせがんでいる。おんぶ紐が剣に変わっただけだが、……仕方ない。  ピーーーッ! イスラが指笛を鳴らした。  すると召喚魔法陣が出現して一羽の鷲が飛び出してくる。  鷲は旋回してイスラの肩に降り立った。 「ブレイラに伝えてくれ、心配はいらないと」 「ピイイイィィ!」  鷲はひと鳴きすると翼を広げ、魔王の居城がある方角に飛んでいった。  クロードもそれを見送りながらみるみる顔が明るくなっていく。 「にーさま! さっきのっ、わたしもいっしょにいっていいってことですか!?」 「調査で行くんだ。自分の身は自分で守れ、いいな」 「はいッ!」  クロードはお利口な返事をした。  こうして一緒に行く許可が下りてクロードは嬉しそうにイスラとゼロスの周りをうろちょろだ。クロードだけ子ども扱いされるが仲良し兄弟なのである。 「にーさま、さっきのしょうかんまほうじんでしょ?」 「ああ」 「わたしにもできるようになりますか? おしえてください!」 「また今度な」 「こんどっていつですか!」 「今度は今度だ」  イスラはうるさそうに眉間に皺を刻んでいるが、嬉しいクロードは足元をうろちょろだ。  そんなクロードにゼロスも笑顔になった。 「よかったね、クロード。冥界はまだ危ないとこもあるんだけど、頑張れそう?」 「がんばれます!」 「えらいえらい。それじゃあいこっか」  ゼロスがそう言うと足元に魔法陣が出現する。  転移魔法陣を発動したのだ。  魔法陣が発光し、クロードはリュックのベルトをぎゅっと握って気合いを入れる。  まだ覚醒していないけれどクロードは勇者と冥王の弟で、いずれ父上のような立派な魔王になるのだ。自分だってにーさま達の役に立てるはず。  こうして魔界から冥界へ転移した、次の瞬間。  ――――ザシュッ!! ズサッ!! ドゴッ!!  ビシャッ……!  クロードの頬に鮮血が飛び散った。生臭いそれは返り血。 「っ、あ、ああっ……」  ぺたんっ。クロードは腰を抜かして尻もちをついた。  言葉がでてこない。悲鳴すらでてこない。転移したと同時に三体の巨大な猛獣が襲いかかってきたのだ。  しかしイスラとゼロスが間髪入れずに剣を一閃させ、たったひと振りで倒してしまったのである。 「に、にーさま……」  クロードは尻もちをついたまま呆然とイスラとゼロスの後ろ姿を見上げた。  イスラとゼロスは平然としたまま剣についた血を振り払う。 「ゼロス、これが冥界の出迎えか?」 「ごめんごめん、みんな血気盛んなんだよね。元気な証拠」 「なにが元気な証拠だ。冥王なら躾くらいしとけ」 「ええ~、それ僕の仕事なの? 絶対違うでしょ」  イスラとゼロスが軽口を交わしている。  クロードは腰を抜かしたまま見上げていることしか出来ない。  そんなクロードをゼロスが振り返った。 「クロード、大丈夫? ケガはない?」  そう言いながらゼロスがポケットからハンカチを取り出す。ハンカチを持ち歩くのはブレイラの教育の賜物だ。ゼロスは幼い頃からブレイラの言いつけは守るのだ。 「汚れちゃったね」  ふきふきふき。  ゼロスがクロードの頬についた返り血を拭く。 「ほら綺麗になった。立てる?」 「……た、たてます」  クロードはよろけながらも立ち上がった。  ゼロスは手を差しだしてくれたけど、だいじょうぶです……と一人で立ちあがった。せめてもの意地だった。

ともだちにシェアしよう!