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Episode1・クロードと二人のにーさま15

「びっくりした? ごめんね、今日は兄上と二人だと思ってたから」  ゼロスはそう言って申し訳なさそうにクロードを見る。  しかしクロードはゼロスの言葉の意味に気付いて唇を噛む。  思うと今まで冥界へ来た時、先ほどのように突然猛獣に襲われたことはなかった。創世期は不安定で危険な世界だと知っているけれど、実際クロードが危険に晒されたことはなかったのだ。  理由は簡単である。今までクロードが冥界へ行く時はブレイラと一緒で、父上やにーさま達が事前に排除してくれていたから。  当たり前のように危険から遠ざけられ、今までそれに気付きもしなかった。  だからクロードの冥界の印象は創世期だけど家族の楽しい思い出しかない。家族で散策したり、貴重な原始の動植物を見学したり、まるでピクニックのようだった。  でも本来の冥界は、その楽しさが当たり前のものではなかったのだ。今まで分かっているようで分かっていなかったのだと思い知る。  黙り込んだクロードをゼロスが覗き込む。 「クロード?」 「……わたしは、びっくりしてません」  拗ねた口調で言い返したクロード。  ゼロスは「そお?」と目を瞬く。 「だいじょうぶですっ」  今度は強めに言い返した。  ここで怖がったら帰れと言われてしまうかもしれない。恐くないといえば嘘になるけれど帰るのはいやだった。  こうしてクロードはイスラとゼロスの冥界調査にくっついていくのだった。 ◆◆◆◆◆◆  …………遅い。  …………遅いです。  私は城の裏山の麓で白馬に跨ってプルプルしてしまう。  側に控えている女官たちが「お、王妃様、落ち着いてください」と声を掛けてくれるけれど、ダメです。落ち着けません。だって私は待っているのにっ……。 「おい、ブレイラ。大丈夫か?」  ハウストが心配そうに声を掛けてくれました。  彼も愛馬の黒馬に跨っている。そう、私たちはこれから乗馬遊びをするのです。  それなのに。 「…………クロードが、クロードが来ません」  一緒に乗馬しようと約束したのに。  約束の時間になっているのに。  それなのに、待っても待ってもクロードがこの待ち合わせの場所に訪れる様子がないのです。 「……もしかして私たち、すっぽかされてます?」 「うーん……」  ハウストが呻りました。  薄々気づいていましたが、やはりすっぽかされているんじゃ……。  でも、でもクロードはそんなことをする子ではないのです。クロードだって私たちとの乗馬遊びを楽しみにしてくれていました。  でもその時、ピイイィィィ! 空に鳥の鳴き声が響きました。  見上げると一羽の鷲が旋回しています。それはイスラの召喚獣でした。  女官がすかさずグローブを差しだしてくれる。大型猛禽類用の保護グローブです。  片腕にグローブを装着すると空に向かって差しだしました。 「こちらへどうぞ」  そう呼びかけると鷲が大きな翼を広げて下降してきます。  私の腕に降り立つとずしりっとした重み。やっぱりイスラの召喚獣ですね。  私がグローブを装着するのを待っていてくれた鷲に笑いかけます。 「お待たせしました」 「ピィッ」  お利口なお返事です。  ハウストの鷹といい、イスラの鷲といい、召喚獣とはとてもお利口ですね。 「お久しぶりですね。いつもイスラをありがとうございます」  挨拶をして頭を撫でてあげます。  そうすると嬉しそうに擦り寄ってきてとても愛らしい。 「ハウスト、この子はなんて言ってるんですか?」  鷲を撫でながらハウストに聞きました。  ずるいですよね、神格の王は使役された召喚獣と意思疎通できるというのです。なんて羨ましい。  そんな私の隠し切れない羨望にハウストは苦笑してイスラの鷲から聞き取ってくれます。でも、表情がしだいに変わっていく。眉間にムムッと皺を刻んで、少し呆れたようなそんな表情。 「どうしました? イスラはなんて?」  私が聞くとハウストが答えに困りつつも私を見つめます。  そして。 「……どうやら俺たちはすっぽかされたようだぞ」 「え、すっぽかされた……?」  すっぽかされた。  すっぽかされた。  ショックのあまり思考が停止してしまう。  でもハウストは無情にも私に繰り返す。 「ああ、すっぽかされたんだ。ここにクロードはこない」 「クロードは……こない?」 「そう、こないんだ。こないんだぞ、ブレイラ」  ハウストが重大なことを伝えるように言いました。  言い聞かされて、私は、わたしはっ……。 「め、冥界に行ったんですね! そんなのダメに決まってるじゃないですか!」  薄々そんな気はしていましたが、だからといって許せるわけがないのです。  思い返せばクロードは赤ちゃんの時からそうでした。いつもイスラとゼロスの動向をチェックし、隙あらば自分もついていこうとするのです。にーさま達が行くなら自分も当然行くんだといわんばかりにハイハイで追いかけて! 「まったくあの子はっ」  私は馬の手綱を引くと、急いで転移魔法陣がある広場に向かおうとする。  でも馬を走らす前にハウストが素早く前に回り込みました。黒馬に乗馬したハウストが私を通せんぼです。 「こらこら、どこへ行く」 「どこって、クロードを冥界に行かせたままにするわけにはいきませんっ」 「連れ戻すのか?」 「当たり前です!」  私はきっぱり言いました。  冥界は気軽に遊びに行くような世界ではないのです。ハウストやイスラやゼロスはともかく、クロードはダメです。危険すぎます。  でもハウストは私を通せんぼしたまま。 「イスラが心配しなくていいって伝えてきてるぞ?」 「…………。……そうなんですか?」  私がイスラの鷲を振り返ると「ピッ!」とひと鳴き。どうやらクロードはイスラやゼロスと一緒に行動するようですね。  一人でないなら安心ですが、でも。 「……クロードはとても賢い子どもですが、まだ五歳です」 「ああ、だが次代の魔王だ」 「そうですが、でもあの子は」  言いかけて、口を閉じました。 『あの子はまだ覚醒していないんです』『あの子はイスラやゼロスのように強くありません』  そう続けようとしましたが、それはクロードが一番気にしていることなのです。それを私が懸念材料として語ることはなんだかクロードを傷付けることのような気がして……。  ここにクロードはいませんが、私はクロードを傷付けたいわけではないのです。ただ守ってあげたいのです。  そんな私の憂いにハウストが苦笑します。

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