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Episode1・クロードと二人のにーさま16
「お前が心配するのは理解できる。クロードは弱いからな」
「ハウストっ」
たしなめるようにハウストを見ましたが、彼が気にする様子はありません。
それどころか無遠慮に続けます。
「どう言い繕ってもあれが力不足なのは間違いないだろ。本人がどんなに悩もうが事実だ」
「……そんなこと言うんですね」
じっと見つめました。
私の恨みがましげな視線にハウストがうっと顎を引く。
「怒るなよ。本当のことだろ」
「言い方というものがあります。クロードはずっと気にしてるんですから可哀想じゃないですか。それに……」
言いかけて黙り込んでしまう。
でも少し迷いましたが相談します。
「それに、……クロードが覚醒していないことを気にしている魔族もいるようで、心無い噂が囁かれていることもあると聞いています。……おそらく、クロードはそれを知っているんじゃないでしょうか」
クロード本人にたしかめたことはありません。
また、クロードが自分から相談してくれることもありません。
でも城内でそう言った噂が囁かれていると側近のコレットから聞いたことがあります。総取締役のコレットが城内の女官や侍女たちに目を光らせてくれていますが、それでも人の口に戸は立てられぬもの。悪意なく囁かれる噂もたくさんあるのです。
クロードは次代の魔王とはいえまだ五歳です。そんな子が無防備に心無い噂に晒されているのかと思うと……。
「知っているだろうな」
「……そうですよね」
「だが事実だ、そしてクロードが覚醒していないということも事実だ。覚醒はクロード自身の問題で、俺たちがどうこうしてやれるものでもない。分かるな?」
「……分かっています。私はただ……守ってあげたいだけなんです」
クロードになにもしてあげられないことは私が一番よく分かっています。
守ってあげたいと思うけれど、私にできることといえば北離宮を訪れたクロードを優しく迎えることだけ。
「ブレイラ、今回の冥界行きは許してやれよ」
「…………危険です。クロードは覚醒していないとハウストも言ったばかりなのに」
「だからだ。守られた城内で剣を振り回すよりも、実戦で剣を振り回すほうがよっぽど成長するものだ。ゼロスの時だってそうだっただろ」
「……たしかに」
ゼロスの例を挙げられて私の心が揺れだしました。
思い起こせばゼロスは赤ちゃんの時に覚醒したものの、剣を握って戦いだしたのは三歳になってからです。甘えん坊で泣き虫だったゼロスは剣術や体術のお稽古から逃げ回り、戦うことを怖がっていました。
でもイスラによる実戦も兼ねた厳しい特訓を乗り越えてからというもの、一気に開花して戦闘を物怖じしなくなったのです。ゼロスに必要だったのは最初の一歩を踏みだす勇気でした。
…………。
それを思い出すと私はなにも言えなくなってしまう。
もしそれが今回にも当て嵌まるなら、冥界行きはクロードにとって必要なことなのです。
でもこのまま素直に認めるのはなんだか悔しい。
「……分かりました」
「分かってくれたか」
「はい。……でも条件があります」
「条件?」
突然のそれにハウストが少し驚いたように眉を上げました。
素直に認めるのは悔しいので条件くらい飲んでくださいね。
「私とあの丘まで競争しませんか? あなたが勝ったら今回は私が引いてあげます」
「ハハハッ、それは面白い。いいのか?」
私の条件にハウストが笑いながら言いました。
あ、これは私を舐めてますね。
「あまり私を舐めないでください。私、乗馬訓練は修了してるんです。講師からも褒めていただいたんですから」
私は自慢してやりました。
ハウストの婚約者になった五年前から乗馬訓練を始めて、今では講師から褒められるほど上手に乗りこなせるようになったのです。私の乗馬の腕前を見せつけてあげましょう。
そんな私にハウストが面白そうに笑います。
「それは強敵だな」
「からかってます?」
「とんでもない。いいだろう、その勝負受けて立とう」
「よろしくお願いします」
私が手綱を握り直すと黒馬のハウストが隣に並び立ちます。
ゴールは森の小道を抜けた先にある丘の上。
「行きますよ、ハウスト。三、二、一、スタート!!」
「行くぞ!!」
私とハウストの馬がいっせいに走りだす。
ドドドドドドドドドドドッ!!!!
森に馬の蹄の音が響いて、小道を二頭の馬が颯爽と駆け抜ける。
疾走する馬の振動を感じながら風を切ります。
ちらりと横を見ればハウストがいて、目が合うと彼がニヤリと笑う。
「なかなか早いじゃないか」
「ふふ、これからが本気です!」
私は力強く手綱を握り、馬と呼吸を合わせてゴールの丘を目指しました。
馬二頭分だけ私が前に出ています。この勢いのまま小道を駆け抜けて、一気に丘を登れば私の勝ち。
「このまま私が先にゴールをしたら冥界のクロードを連れ戻しますっ。忘れていませんよね!」
「……あ、そういえばそうだったな。お前の乗馬姿に惚れ直して、うっかり忘れていた」
「そんなこと言っても手加減してあげませんよ。クロードを連れ戻す時は、もちろんあなたの転移魔法で私を冥界に連れていくんですっ。二人でクロードを探して連れ戻しましょうね!」
「それは面倒くさいぞ」
ハウストがムムッと眉間に皺を刻みました。
そんなハウストに勝ち誇ってフフンと笑い返します。
「面倒でもしてもらいますっ。負けたあなたが悪いのですよ!」
「……仕方ないな。拗ねるなよ?」
ハウストがそう言った次の瞬間。
一陣の風が私の隣を駆け抜ける。
後ろを走っていたはずのハウストが気付いたら前にいました。それは一瞬のこと。
ハウストの背中があっという間に小さくなっていく。
「っ、やっぱり手加減していましたね!」
ハウストが手加減していることは最初から分かっていました。
神格の王である魔王が本気を出せば私など相手になりませんから。でもゴールまで諦めませんよ。
私は手綱を強く握ってハウストを追いかけます。
森の小道を抜けて丘を颯爽と駆け上がりました。
少ししてゴールにたどり着きましたが、そこにはもちろんハウストの姿。
「早かったな、上達したじゃないか」
「手加減していたくせに」
「仕方ないだろ、お前と一緒に走りたかったんだ」
「…………今回は大目に見てあげます」
ずるいですね。そんな言い方をされたら許すしかないじゃないですか。
いいでしょう、素直に負けを認めましょう。
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