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Episode1・クロードと二人のにーさま17
「負けを認めましょう。今回のクロードの冥界行きは目を瞑ります」
「そうか、えらいぞ」
「次は負けませんから」
「ああ、また勝負しよう。楽しかったな」
そう言ってハウストはニヤリと笑う。
それに私もなんだかくすぐったい気持ちになります。
「……実は私も。いけませんね、私たち不謹慎です」
「たまにはいいだろ」
「ふふふ、またしましょうね」
クロードを連れ戻すか否かの真剣勝負だったのに楽しんでしまいましたね。
こうして私たちは競争を楽しむと馬を降りました。全力で走ってくれたので少し休ませてあげなければ。
馬用の水筒から水を飲ませてあげます。
私を乗せていた白馬はゴクゴク水を飲んで、よしよしと撫でると鼻先を寄せてくれます。ハウストも自分の愛馬に水を飲ませていました。
私たちは馬を引きながら丘に並び立ちます。
高い丘からは広大な王都を一望できました。
丘から眺める王都にはたくさんの建造物が建ち並び、整備された通路や河川が伸びています。そこには数えきれないほどの魔族の営みがあるのですね。
私は隣に立っているハウストの横顔を見つめました。
王都を見つめるハウストの鳶色の瞳は優しさを帯びている。あなた、愛しているのですね。
あなたはすべての魔族の保護者です。あなたはすべての魔族を愛し、寛大な心で見守っている。私はね、そんなあなたの横顔が大好きなのですよ。
「どうした?」
視線に気付いたハウストが振り返ります。
私は誤魔化すように首を横に振りました。
「なんでもありませんよ。それより、せっかくですからもう少し散歩しましょう」
「そうだな。デートか」
「ふふ、デートです」
私は小さく笑ってハウストの腕に手を掛けて寄り添います。
冥界へ行ったクロードの心配は尽きないけれど、イスラとゼロスが一緒にいるのできっと大丈夫。帰ってきたらおかえりなさいと出迎えて、心配したのだと伝えて、でもその後はお茶を淹れて冥界での出来事をたくさん聞かせてもらいましょう。きっとクロードはたくさんお話ししてくれますから。
こうして私とハウストは午後のひと時をデートしてすごしたのでした。
◆◆◆◆◆◆
「…………え、ほんきですか?」
クロードはごくりっと息を飲みこんだ。
目の前には高い高い絶壁の崖。
そう、今から崖登り。冥界に来て最初の難所にぶちあたっていたのだ。
しかし難所だと思っているのはクロードだけで、イスラとゼロスは平然と話しあっている。
「この先にもあるのか?」
「うん、この崖の先に一つ目のを見つけた。それほど大きな鍾乳洞じゃないんだけど、兄上も見に来てよ」
ゼロスが冥界で発見した不審な鍾乳洞の説明をしている。
やはりこの崖を登るらしい。
クロードが青褪めて崖を見上げていると、ゼロスが声を掛けてくる。
「クロード~、こっちおいで~」
おいでおいでと手招かれて困惑しながらにーさま達のところに行く。
クロードはさり気なさを装って最後の確認をしてみる。
「……あの、……ここのぼるんですか?」
「そうだけど?」
ゼロスが当然のように答えた。
やっぱりそうなのだ。今から絶壁の崖をよじ登るのだ。
クロードは内心動揺したが、そんな様子にゼロスが「あ、そうだった」と気付く。
ゼロスがクロードに背中を向けてしゃがんだ。
「ほらクロード、おんぶしてあげる。僕が連れてってあげるからね」
「にーさまっ……!」
クロードはパッと顔を輝かせた。
ゼロスがおんぶしてくれるなら大丈夫。クロードはさっそくおんぶしてもらおうとしたが。
「ん? どうしたの?」
ゼロスが不思議そうに振り返った。
いつまで待ってもクロードがおぶさらないのだ。
そう、クロードは唇を噛んでぴたりっと立ち止まっていた。
「……やっぱりいいです。わたしだってひとりでのぼれます」
「そおなの?」
「そうなんですっ」
クロードはぎゅっと拳を握って答えた。
クロードだってもちろん無謀だと分かっている。でも二人のにーさまはクロードくらいの頃、すでにこんな崖は一人で登っていたのだ。クロードだって頑張ればできるはず。強気に挑戦したい。
気合いを入れるクロードにゼロスは苦笑し、イスラはやれやれと腕を組む。
「いいだろう、俺が一番下にいる。クロードは俺の前にいろ」
イスラがそう言った。
イスラとゼロスから見てもクロードの崖登りは危なかっしいが、一人で登りたいというクロードの前向きな気持ちは尊重してやりたい。それに一番下にイスラがいれば万が一の時に対処できるのだ。
「決まりだね。クロード、僕の後ろについといで」
「はいっ!」
クロードは大きな声で返事をした。にーさま達が応援してくれている気がして嬉しかったのだ。
さっそくゼロスが登りだし、クロードがその後に続く。
上にいるゼロスの動きを参考にしながらクロードも一生懸命よじ登った。
クロードはまだ未覚醒だが、神格の存在なので生まれながらの身体能力は五歳児の一般的な平均を超えているのだ。にーさま達と比べると劣ってしまうが、普通の魔族に比べると優秀なのである。
「クロード、じょうずじょうず。あ、その右手の岩は脆いから気を付けて」
「はい。こっち?」
「そうそう。そっちの方がいい」
時々ゼロスが振り返って指導してくれる。
そのおかげかクロードはぐんぐん登ることができる。最初は不安で緊張していたが、気が付けば崖の中腹まで来ていた。
地面は遥か下。もしここから転落すればただでは済まないだろう。神格のクロードは頑丈だが、それでも受け身に失敗すればただではすまない高さだ。
でも今、景色を眺める余裕もでてきて、眼下に広がる緑の景色に大きく深呼吸したい気分だ。
ピヨピヨ。ふと小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
見ると絶壁の隙間に鳥の巣があったのだ。巣では雛たちがピヨピヨ鳴いている。
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