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Episode1・クロードと二人のにーさま19
「この焚き火、使われてからそんなに日が経ってない感じだ……。今も冥界のどこかに潜んでるかもしれない」
洞窟周辺に不審者の気配はないが、それでも冥界に侵入されていることははっきりしている。
「仕方ない、密猟者退治だ。今日は冥界に泊まってく」
「ああ、そうしろ」
イスラは当然とばかりに頷いた。そういうことも冥王の役目だ。
だが。
「もちろん兄上も一緒に密猟者退治してくれるよね」
「ふざけるなよ」
イスラが目を据わらせた。これには頷けない。
そもそもゼロスだけで充分対処できる案件だ。
しかしゼロスは眉を八の字にして不満顔になる。
「ええ~~っ、僕になにかあったらどうするの? 兄上だって心配でしょ?」
「お前になにがあるのかぜひ見てみたいくらいだ。お前はただ一人だけ冥界に残るのが嫌なだけだろ」
「あ、バレた? だって兄上とクロードは魔界に帰ってブレイラとお茶したりおしゃべりしたりするのに、僕一人だけ冥界に残るのは寂しいじゃん。ね?」
「なにが、ね? だ」
イスラは呆れた顔になる。
ゼロスは子どもの頃から無邪気で素直なタイプだが、それは今も変わっていないのだ。それどころかとんでもなくタチの悪い甘え上手に成長している。ブレイラは『ゼロスは純粋さんですね』などと言ってなでなでしているが、ブレイラ以外はそんな可愛いものではないと思っている。ゼロスに関わるととにかく振り回されるのだ。
「お願い、兄上! 密猟者退治に付き合ってよ!」
お願い! とゼロスが手を合わせる。
イスラは腕を組んで盛大なため息をついた。諦めのため息だ。
「……まあいい。付き合ってやる」
「やった~っ、さすが兄上! ありがと~!」
イスラの協力が決まってゼロスは大喜びだ。
次はゼロスからクロードに声がかけられる。
「クロードはどうする? 協力してくれる?」
「え、わたしも!?」
クロードは驚きに目を丸めた。
だって誘ってもらえるとは思わなかったのだ。
「無理そうだったら魔界に送ってあげるけど……」
「き、き、きょうりょくします!!」
クロードは勢い込んで答えた。
にーさま達と密猟者退治なんて夢みたいだ。お留守番ばかりだったのでこういうのにずっと憧れていたのだ。
「クロードも大丈夫そうだね」
「だいじょうぶそうです!」
「えらいえらい。それじゃあ、みんなで力を合わせてがんばろー! おー!」
「おー!」
思わずクロードも拳を突き上げた。
クロードの顔は紅潮している。にーさま達と密猟者退治に大興奮なのだ。
こうして三兄弟は急遽密猟者退治をすることになった。
弟たちの「えいえいおー!」にイスラも小さく笑ったのだった。
冥界の夜空に月が昇る時間。
洞窟に焚き火の明かりが灯る。
イスラとゼロスとクロードだ。今夜、三兄弟は冥界の洞窟で野宿することになった。
それというのも冥界に侵入した密猟者を退治することになったのだ。
本来の目的は突如出現した鍾乳洞の調査だったが、冥界に密猟者が侵入している形跡を発見して急遽変更したのである。
パチパチ、パチパチ。
洞窟に焚き火の爆ぜる音が響く。
クロードは洞窟に一人、焚き火の番をしていた。
イスラは周辺の斥候。ゼロスは近くの川で夕食のために飼ってきた猛獣の解体をしている。おてつだいします! とクロードは立候補したが、二人は焚き火の番も大切だからと洞窟に残したのだ。焚き火は調理にも使うので消えてしまうと困るのである。
クロードは焚き火の前で正座してじーっと見守っていたが。
「あっ! た、たいへんっ!」
ハッとして慌ててしまう。
気付いたら炎が弱々しくなっていたのだ。このままだと小さくなって消えてしまう。
せっかくにーさま達に協力するために冥界に残ったのに、焚き火の炎も守れないなんてダメだ。
「ど、どうしようっ。えーっと、えーっと、そうだ! フーッ、フーッ、ゴホゴホッ、フーーーッ!」
クロードは必死に炎の根元に向かってフーフー息を吹きかけた。
クロードは魔界の城で専属講師を付けてお勉強を頑張っているので、五歳だけど炎を強くする方法を知っているのだ。風だ。風を吹きかけるのである。
クロードは必死にフーフーする。そうすると砂埃と煤も舞い上がって咳き込んでしまうが、炎を消してしまうわけにはいかない。しかしクロードの奮闘も空しく炎は徐々に小さくなって……。
「ああっ、どうしよ~!」
「クロード、なにしてんの?」
ふいにゼロスの声がした。
解体作業を終えて戻ってきてくれたのだ。
「にーさま、たいへんです! ひがちっちゃくなっちゃいました!」
「ほんとだ」
そう言ってゼロスがチラッと焚き火に視線を向ける。瞬間、ボッ! 炎の勢いが一気に強くなった。一瞬にして元通りの火力だ。
「…………」
クロードは言葉もなく焚き火を見つめてしまった。
あんなに慌てていたのが嘘のようだ。一生懸命フーフーしていたのに……。
「あ、クロードどうしたの? 煤だらけになってる」
「これは、えっと……」
フーフーしてましたとか、なんだか言えない。
でもそうしている間にもゼロスはクロードの前にしゃがむと、クロードの髪や顔から煤を払ってくれた。
「よしっ、これでだいぶ払えたかな? クロード、そこの川で顔洗っといでよ」
「でも、いまからちょうりするって……」
「いいから行っといで。顔が煤黒くなってて、……プッ、アハハッ、笑うの我慢するの大変だから」
「にーさまっ!」
「怒んない怒んない。いいから行っといで」
「…………わかりました……」
クロードは渋々ながらも川に向かって歩きだす。
なんだか悔しい気もしたけれど、クロードの顔はところどころ黒くなっていたのだ。
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