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Episode1・クロードと二人のにーさま20
「クロード、気を付けてね! すぐそこの洞窟前の川を使うんだよー!」
洞窟にいるゼロスが大声で呼びかけてくれながら、大きく手を振っている。
ゼロスはクロードを視界に入れながら夕食の調理をしていた。一人で川に向かうクロードが心配なのだ。
クロードも「はい!」とお返事して手を振り返す。こうやって『わたしはだいじょうぶです』と伝えると、ゼロスは安心したような笑顔になった。
その笑顔にクロードは照れ臭い気持ちになる。大切に思われていることがとっても伝わってくるのだ。
これはゼロスにーさまだけではない。イスラにーさまもブレイラもちちうえも、みんなクロードが大好きで大切だ。クロードも家族がとっても大好きだ。厳しいこともあるけれど優しいのである。だから大好き。
大好きだけど、大好きだけど…………。思いだすのはさっきの焚き火のこと。
焚き火の炎が小さくなってしまってクロードは慌ててフーフーしたけれど、ゼロスがあっという間に元に戻してしまった。
クロードは焚き火の番をにーさま達から任された時、とても嬉しかった。密猟者退治に協力してくれる? と誘ってもらえて、焚き火の番を任されて、にーさま達から必要とされている気がしてとても嬉しかった。
でも本当は焚き火の番なんて最初からいてもいなくても良かった。そう気付いてしまったのだ。
「…………」
クロードの視線が無意識に下がってしまう。
もやもやした嫌な感覚を覚えてしまう。それはクロードにまとわりついて、どんどん息苦しくなっていく。
もやもやにズブズブ沈んでいきそうになって、慌てて首を横に振った。考えちゃダメだと思ったのだ。
クロードは川辺までくると、しゃがんで川の水でバシャバシャ顔を洗った。
ハンカチで顔を拭く。おでこもふきふきして……。
「!? し、しまったっ……」
クロードはハッとした。
前髪が水に濡れておでこに張りついているのだ。
このままじゃダメだ。ハンカチで前髪を拭いてなんとか元に戻そうとする。
「もどったかな?」
なでなでして確認だ。大丈夫、前髪はまっすぐ下りて元通り。
ほっとひと安心していると斥候を終えたイスラが戻ってきた。川辺のクロードに気付いて眉を上げる。
「クロード、なにしてるんだ?」
「イスラにーさま、おかえりなさい。かおあらってました」
「そうか、戻るぞ」
「はいっ」
クロードも立ち上がってイスラについて行く。
でも足元の木の根に気付かず躓いてしまう。
「わあっ」
「おっと、危ないだろ。気を付けろ」
「は、はい……」
寸前のところでシャツを掴まれた。
転ばなかったけれど、まるで子猫のようにあしらわれた気分だ。恥ずかしい。
クロードは礼を言ってまた歩き出す。今度は転ばないように足元に気を付けながら。
こうして二人はゼロスがいる洞窟に戻ったのだった。
洞窟で夕食を終えるとあとは眠るだけである。
明日は朝から密猟者退治なので今夜は早く眠らなければならない。
だが。
「……。……」
ごろごろ。ごろごろ。
クロードは先ほどから何度も寝返りを打っていた。
イスラは洞窟の壁に凭れて静かに目を閉じている。ゼロスは気持ち良さそうに眠っている。眠れないのはクロードだけだ。
就寝しなければならないのに洞窟のゴツゴツした地面が気になってなかなか寝付けないのである。
クロードはこういった野宿は初めてではない。
むしろ赤ちゃんの頃から冥界に来た時に家族で野宿することもあったくらいだ。
でもその時は野宿を想定しているので就寝時のラグなど準備万端である。しかもブレイラが手招きして隣に呼んでくれるのだ。
『クロード、どうぞこちらに来てください』
呼ばれるとクロードは嬉しくなった。
その時のクロードは、ほんとうは走って側に行きたいのをぐっと我慢して『わたしはもうあかちゃんじゃないんですけど……』なんて言いながらブレイラの隣に潜り込むのである。だってちちうえもにーさま達もいるのに、自分から甘えに行く姿なんて見せられない。
そんなクロードにブレイラは小さく笑っていた。
『寒くないですか?』
『さむくないです』
さむくないと言ったのに、ブレイラはクロードの肩まで布団をかけ直してくれる。
それはクロードをくすぐったい気持ちにして胸をポカポカ温かくする。温もりに包まれるとクロードは安心してどんな場所でもスヤスヤ眠れるのだ。
でも今ここにブレイラはいない。地面のゴツゴツがいつもより気になって寝入ることができない。
クロードは何度も寝返りを打っていたが、ふと声が掛けられる。
「クロード、眠れないのか?」
「にーさまっ」
ハッとして振り返るとイスラがクロードを見ていた。
クロードの寝返りに声を掛けてきたのだ。
「……ご、ごめんなさい」
「大丈夫だ。気になることでもあるのか?」
「……ないです」
まさかブレイラの添い寝がないから眠れないなんて言えない。あまりにもかっこ悪すぎる。
もしそんなことがにーさま達にばれたら、もう二度とお出掛けに誘ってもらえないかもしれない。それだけは嫌だった。
「そうか、それなら早く寝ろ。明日は早いぞ」
「はい、おやすみなさい……」
そうだ、明日は早いのだ。早く寝て明日は一番早く起きるのだ。
クロードは心に決めると、ぎゅっと目を閉じて小さな体を丸めたのだった。
◆◆◆◆◆◆
魔界、魔王の城。
私とハウストは夕食の後、居間で二人きりの時間をすごしていました。
二人きりといっても、そこにいつものような穏やかな雰囲気はありません。
「あの子、ほんとに今夜は帰ってきませんでした……」
大きなため息をついてしまう。
あの子とはもちろんクロードのことです。
今日、イスラの召喚獣が手紙を二回届けてくれました。
一回目はクロードもイスラやゼロスと一緒に冥界へ行くというお知らせ。
二回目は冥界に密猟者が侵入しているから退治するという内容。もちろんクロードも一緒に。
二回目の手紙を受け取ったあと私はすぐに自分も冥界に行こうとしました。イスラとゼロスが急遽外泊することになるのは初めてではありませんが、クロードにとっては初めてなのです。このまま放っておけるはずがありません。
しかしハウストに説得されて我慢することになったのです。
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