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Episode1・クロードと二人のにーさま21
「ハウスト、クロードは無事でしょうか……」
「心配はいらないだろ。イスラとゼロスが一緒なんだぞ?」
「クロードはまだ五歳です。しかも相手は密猟者だというじゃないですか」
「密猟者が生きて冥界を出られるといいがな。こういうのは生け捕りが基本だ」
「…………。ハウスト」
じろり。ハウストを睨んでやります。
さっきから会話がかみ合っていません。私は心配だと言っているのです。
そんな私にハウストがため息をつきました。
「気持ちは分かるがイスラとゼロスがいる。クロードだって次代の魔王だ」
「そうですけど……」
頭では分かっているけれど理屈ではないのです。
……でも。
「……あなたは必要だと考えているのですね?」
「ああ、そうだ。イスラとゼロスが同行しているなら問題ない」
「…………。……分かりました、私も譲歩しましょう。今夜は私も我慢します。しかし、明日の夕方までに帰ってこなければ一緒に迎えに行ってください。これでいかがですか?」
「充分な譲歩だ。えらいぞ」
「あなたも約束ですからね」
渋々ながら納得しました。
こうして私は三兄弟が無事に帰って来るのを魔界で待つことになりました。
納得すると少しだけ気持ちが落ち着いてきます。
「ブレイラ、こっちへ来い。そろそろ落ち着いただろ?」
ソファに座っているハウストが自分の隣に呼んでくれました。
今まで私が落ち着かずにいたのでそっとしといてくれたのです。
まるでお見通しのように呼ばれて面白くありませんが。
「し、仕方ないですね」
いそいそとハウストの隣に座りました。
紅茶専門の給仕が紅茶を淹れてくれます。いつものお茶の時間なのにいつもより静かなのは今夜は子どもたちがいないから。
「寂しそうだな」
「……言わないでください」
そんなの自分が一番分かっています。
この時間、いつもなら子ども達の賑やかな声や笑い声が響きます。一日の出来事を話したり、気になっていることを話したり、雑談を楽しむこともあれば大切な話しあいをすることもある。それは大切な家族の時間です。
でもふいに、ぎゅっ。膝に置いていた手を握られる。ハウストです。
振り返るとハウストが至近距離で私を見つめていました。
「俺がいるだろ。それとも俺だけじゃ不満か?」
「ハウストっ」
ハッとしました。
そう、子ども達がいないということは今夜はずっとハウストと二人きりということ。
こんなの、こんなの不満なんてあるはずないじゃないですか!
私の頬が仄かに熱くなって目を伏せる。視線を横に流しながらもちらりと彼を見上げると、目元にそっと唇を寄せられました。
こんな時間は久しぶりかもしれません。これはこれで悪くないですね。
「不満ではありませんが、あなた一人でこの気持ちが埋められるかどうか……」
拒む気はまったくありませんが思わせぶりに勿体ぶってみせました。最初からなびいては面白くありませんからね。
するとハウストは楽しそうに目を細めて迫ってくれます。
「俺を試すか?」
「ふふふ、そんな畏れ多いことを、――――ああっ! 忘れてました!!」
私は艶然とハウストの横髪を指で梳きましたが、その髪で思いだしました!
クロードの髪! 野宿するならクロードはきっと悩んでしまうはず!
こうしている場合ではありません!
「ハウスト、召喚獣を貸してください! クロードに届けたい物があるんです!」
私はそうお願いすると、次は女官に櫛箱を持ってきてもらいました。
櫛箱から取り出したのは『よいこのへあわっくす』! ヘアワックスの蓋にはブラシを持った子猫のイラストが描かれていてとっても可愛い子ども用整髪剤です。
私はよいこのへあわっくすをハンカチで包むと、ハウストが召喚してくれた魔鳥の鷹に括りつけました。
「これをクロードに届けてください。気を付けて行ってきてくださいね」
「ピッ!」
鷹はお利口な返事をすると翼を広げて飛び立ちました。
いつもイスラやゼロスに手紙を届けてくれるとっても賢い鷹なのです。明日の朝にはクロードによいこのへあわっくすが届くでしょう。これでひと安心です。
ほっと安堵してハウストを振り返りましたが、彼は神妙な顔で私を見ていました。
「……さっきのは、なんだ」
「見ての通りヘアワックスです。魔族のおしゃれな子どもたちも愛用しているようですよ」
「それは見て分かる。俺が聞きたいのは、どうしてヘアワックスなんだ。それはクロードに必要なのか? わざわざ送らなければならないほど」
ハウストが疑問たっぷりに聞いてきました。
その疑問は分かります。分かりますが。
「ハウスト、遅いです。とっても遅いです」
そう、疑問を持つのが遅いです。
これは私から積極的にお話しすることではなかったので今まであえて言いませんでしたが、聞かれればいつでも伝えるつもりでした。
それなのに疑問を持つのが遅すぎなのでは? クロードが変わってから何ヶ月経ったと思っているのか……。
私の反応にハウストは「な、なんだ急に……」と焦りだしました。
そんなハウストをじとりっと見つめます。
「あなたは分からないのですか? クロードのことなのに。それともクロードが赤ちゃんだった時のことを忘れてしまったんですか?」
「さっぱり分からん……。クロードが赤ん坊だった頃とヘアワックスにいったいなんの関係があるんだ」
ハウストが降参とばかりに首を横に振りました。
どうやら本当に疑問たっぷりのようです。
「仕方ないですね、教えてあげます。クロードの前髪は赤ちゃんの時から立派な七三分けなんですよ。クロードって前髪の生え際が斜めなんですよね。だからそのまま髪が伸びると七三分けみたいに斜めになって、……て、ハウスト聞いてます?」
気が付けばハウストが項垂れてこめかみを押さえていました。
苦悩するかのようにこめかみを押さえながら、横目で私を見上げます。
「……ブレイラ、それは真剣に話しているのか?」
「私はいつも真剣です」
真顔で答えてやりました。
私が子どもたちの話しをする時に真剣でなかったことはないのです。
そこはハウストも納得してくれて、「……続けろ」と続きを促してくれました。では遠慮なく。
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