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Episode1・クロードと二人のにーさま22

「ハウスト、クロードが赤ちゃんだった時のことを思い出してください。それはもう可愛い可愛い七三分けの赤ちゃんでした。斜めの前髪から見えるおでこが堪らないんですよ」 「……たしかにそうだったような」  ハウストが思い出しながら言いました。  私はうんうん頷いて続けます。 「でも今は七三分けじゃなくてセンター分けに変わっています。それは気付いてますよね」 「そういえばそうだな。どうしてだ?」  ハウストが末っ子の変化にようやく気付いてくれました。  私はこの時を待っていたのですよ。  今から語って差し上げます。あの日の出来事を。 「あれはクロードが三歳くらいの頃です。その日、私は――――」  ――――それはクロードがまだ三歳くらいのことでした。  専属講師を付けられたクロードはお勉強を頑張るようになっていました。本殿では分厚くて難しい書物を持ち歩いています。  それを見た侍女たちが『あんな難しそうな本を……』と感心すると小鼻をぴくぴくさせていました。誇らしいようです。  そんなクロードも北離宮の私の執務室にいる時は絵本を読んでいます。難しい書物を読むようになったけれど、やっぱり絵本もまだ大好きなんですよね。しかも感動系の絵本。今も絵本を読みながらグスッと涙ぐんでいます。 「うぐっ。……うぅっ、……グスッ」  クロードがハンカチで目元をふきふきしています。  パタンッと絵本を閉じると「ふぅ」とため息をつきました。感動系絵本にとっても感動したようです。  私は執務の手を止めてクロードの側へ。 「ステキな絵本だったようですね」 「はい、おすすめです。ブレイラもよんでみてください」 「ありがとうございます。ぜひ読ませてもらいますね」  クロードがおすすめしてくれる絵本は優しくて感動する物語が多いので私も大好きですよ。  私がおすすめ絵本を受け取るとクロードが嬉しそうに解説してくれます。  でもふと気付いてしまう。ああいけません、前髪が伸びすぎているようでクロードの目に掛かっています。  クロードの前髪は斜めに分けているので気付きにくいけれど、このままでは視界の邪魔になってしまいますね。 「櫛箱を持ってきてください」  女官にお願いするとすぐに持ってきてくれました。  きょとんと私を見上げているクロードに笑いかけて、斜めに流れる前髪を指でそっとなぞりました。 「前髪が伸びていますね。邪魔になっていませんか?」 「そういえば……」 「ふふふ、絵本に夢中で気付かなかったんですね。なにごとも一生懸命なのはよいことですが、もう少し自分のことを気にかけてあげてください」  そう言って櫛箱から取り出したのは小さな花飾りのついた可愛いヘアピンです。  ヘアピンならクロードの前髪を斜めに留められますからね。 「お顔をよく見せてください。ああ、とっても可愛いですね」  私はクロードの前髪にヘアピンを差して、両手で頬を包んでそっとお顔をあげさせます。  七三分けの斜めな前髪に可愛い小花。そこから覗く愛らしいおでこ。とっても可愛くて、ほう……、ため息が漏れてしまう。 「よく似合っています。ずっと見ていたいくらい」 「そう?」 「はい、どれだけ見ていても飽きません」 「ずっとみていていいですよ」 「ふふふ、嬉しいことを」 「ブレイラ、えへへ……」  クロードがはにかんで私を見上げました。  丸い頬を赤く染めて恥ずかしそうに視線を動かす。髪に小花を咲かせてそんな可愛い仕種をみせてくれるなんて、ほう……またため息が漏れてしまいましたよ。  やはり幼い子には花やリボンやフリルやレースがとっても似合います。まるで絵本に出てくる赤ちゃんのようで、それは幸せの象徴。  イスラやゼロスはすっかり大きくなって、こんなふうに身の回りのお世話ができなくなりました。少し前まではゼロスも『シャツに可愛いアップリケをつけてあげますね』『わあっ、ちょうちょうさんだ。キャ~ッ』とアップリケをつけると歓声をあげて喜んでくれたのに今ではなんでも出来るようになりましたから。それなので今はクロードしかさせてくれません。 「ふふふ。こんなに可愛くてどうしましょうか」 「ここも、なでなでしてもいいですよ」  クロードがもじもじ照れながらおでこを指差します。  どうぞとばかりにおでこを突きだされて。 「では遠慮なく」  クロードのおでこをなでなでなで。  黒髪に可愛い小花のヘアピンがとっても映えています。斜めの前髪からのぞく小さなおでこが可愛くて、なでなでなで。なでなでなで。  クロードもくすぐったそうに肩を竦めて、えへへと照れ笑い。  なでなでなで。 「ふふふ」 「えへへ……」  なでなで、なでなで。 「ふふふ、ふふふ」 「えへへ、えへへへへへへッ……」  こうして私とクロードの午後のひと時が過ぎていったのでした。  その日の夜。  クロードは父上やにーさま達の周りをいつにも増してちょろちょろしていました。  末っ子のクロードはまだ三歳で構ってほしいのです。私以外に素直に甘える子ではないので、視界に入る場所でうろちょろするのがクロードの甘え方。特に今日は可愛いヘアピンをしているので気付いてほしいのですね。  そしてこういうことに一番に気付いてくれるのはゼロスです。 「あ、クロード、かわいいヘアピンしてるね。見せて?」 「これですか? まあいいですけど」  気取った言い方をしていますが、とっても嬉しいようでクロードの瞳がキラキラしてます。 「こうすると、まえがみがじゃまにならないんです」 「いいね。クロードに似合ってるよ。かわいいかわいい」 「どうも」  照れてます。クロードがはにかんでテレテレしてます。  ゼロスはイスラを振り返りました。

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