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Episode1・クロードと二人のにーさま25
「クロード、どうしました? この絵になにかありましたか?」
「…………ちがうんですっ……」
「うん?」
小さな声でよく聞こえませんでした。
もう一度聞き直そうとクロードの顔を覗き込み、……えっ!?
「クロード!? いったいどうしたんですかっ。なにがあったんですか!?」
クロードが泣いてます。
小さな唇をきゅっと噛み締めて、黒い瞳から大粒の涙をぽろぽろ零しているのです。
噛み締めた唇から「うぅ~っ」と嗚咽が漏れて、ぷるぷると震えたまま絵に描かれたイスラを指差します。
「ちがうんですっ……。イスラにーさまとゼロスにーさま、わたしとちがうんですっ……。わたしだけ、あかちゃんみたいですっ。うぅ~~っ……」
クロードが崩れ落ちるようにその場に蹲ってしまいました。
両膝に顔を埋めて、小さな両手でおでこを覆って、なにがなんだか分かりません。
「クロードは赤ちゃんではありませんよ? 立派な三歳じゃないですか」
「みっつだけど、みっつだけど、ゼロスにーさまがみっつのときとちがいますっ……」
「そ、それは……」
慰めたいけれど、すぐに言葉が出てきません。
クロードが言わんとしていることが分かったのです。
「どうして、どうして、……わたしとにーさまたちは、ちがうんですか? わたし、こんなことできませんっ……うぅ」
こんなこと、とクロードが指差した先には剣を持って戦う幼いイスラとゼロス。
クロードはイスラやゼロスが子どもの時の絵画を見ているうちに自分と比べてしまっていたのです。
私は蹲ってぷるぷるしているクロードの頭をそっとなでなでしました。
「クロード、落ち込まないでください。泣かないでください。クロードはクロードですよ、比べてはいけません」
そう慰めたけれど、クロードは蹲ったまま頭を横に振りました。
その姿に胸が痛い。クロードは生まれて初めて自分の兄たちが勇者と冥王であると意識したのでしょう。そして自分はその弟で、ゆくゆくは兄たちと同格の魔王になるということを。
重圧を意識したと同時に、兄たちと自分を比べてしまったのです。
「クロード、顔をあげてください。今日は宿題でここに来たんですよね? 宿題は立派な魔王になるために必要なものですよ?」
そう声を掛けるとクロードはぴくりっと反応しました。
そしておでこを両手で隠したままおずおずと顔をあげてくれます。
「やっと顔をあげてくれましたね。涙を拭いてあげます」
ハンカチで濡れた目元と頬をふきふきしてあげました。
最後に小さな鼻をおさえてチーンもしてあげますね。グスッと鼻を啜っているけれど、涙が止まって良かったです。
私は優しく笑いかけましたが。
「……クロード、おでこを押さえてどうしたんですか? 痛いんですか?」
そう、クロードはおでこを両手で覆ったままでした。
まるで隠すようなそれに首を傾げてしまう。
「見せてください。ケガをしていたら大変です」
私はクロードの手を離させようとしましたが、寸前で「だ、だめですっ」と首を振って拒まれました。そして。
「だって、だって、……おでこがみえるのは、あかちゃんなんですっ……!!」
「ええっ、赤ちゃん!?」
なにがなんだか分かりません。
でもクロードは真剣な顔で絵画を指差します。そこには赤ちゃん時代のゼロスとクロード。
「ほらあかちゃんですっ。これはあかちゃんのおでこです!」
「えーっと……」
ど、どうしましょう。
絵画に描かれたゼロスとクロードはツルッとしたおでこが可愛らしい赤ちゃん。
私はその幼い子ども特有のまろいおでこをなでなでしたり口付けたりするのが好きでした。もちろん今も大好きなわけですが。……ぷるぷるしてます。クロードがおでこを隠しながらまたぷるぷるしてます。
「……わたし、あかちゃんのときといっしょですっ。あかちゃんみたいですっ……、うぅ」
「ああクロード、泣かないでください。泣いてはいけませんっ」
クロードの瞳がまた潤みだして慌ててしまう。
私はクロードの小さな背中を擦りながら宥めます。
「クロードは三歳じゃないですか。赤ちゃんの時と一緒ではありませんよ?」
「いっしょです。このおでこはあかちゃんですっ……」
クロードはそう言って隠している自分のおでこを触りましたが、指がヘアピンに触れて固まります。
「ひ、ひよこ……。あかちゃん……」
クロードが悲壮な顔で言いました。
そう、今日のクロードはよりにもよってひよこのヘアピン。
今朝は「きょうはひよこです」と嬉しそうに見せてくれたのに、今はひよこの衝撃に愕然としています。だってひよこは赤ちゃんの代名詞みたいなものですから。
私は三歳にして悲壮な顔をするクロードを必死に宥めます。
「クロード、大丈夫ですよ。落ち着いてください。……そ、そうだっ、ひよこは今日はもうお休みしたいようですよ? 赤ちゃんのひよこをお休みさせてあげましょう。ね?」
とりあえずクロードの前髪からヘアピンを外してあげることにしました。特に拒まれないので外すのは正解のようです。クロードを刺激しないように素早くひよこのヘアピンを隠しました。
「ほら、赤ちゃんのひよこはお休みしましたよ。ひよこをお休みさせてあげるなんて、さすが三歳のおにーさんですね」
宥めたり励ましたり、とにかくクロードの気分をあげるために頑張ります。
でもクロードは斜めに流れる前髪を押さえて必死にまっすぐ降ろそうとしていました。
「どうしました? それでは目に掛かって邪魔になってしまうでしょう」
「ダメです。おでこはあかちゃんなんですっ」
そう言って斜め分けの前髪を一生懸命に下に降ろそうとしています。しかしクロードの生え際は斜めなので、どうしても斜め分けになって可愛いおでこが覗きました。
そんな自分の前髪にクロードがまた涙目になっていく。
「どうして、どうして、……うぅ」
「ああクロード、可哀想に……」
ああ、なんて健気でいじらしい……。胸がぎゅっとしました。
これをたかが前髪と笑うのは簡単なこと。でもクロードは真剣に悩んでいるのです。ならば私も真剣に受け止めたい。
いいでしょう。クロードが望むなら私も協力しましょう。
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