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Episode1・クロードと二人のにーさま27
「あいつ、一人でなにしに行ったんだ」
「さあ?」
ゼロスは不思議そうに首を傾げた。
起床したクロードは慌てて川に向かってしまったのだ。顔を洗いに行ったにしてはやたらと焦っていた。
ゼロスは少し困ったように頭をかいた。ここが魔界の城なら放っておいても大丈夫なのだが、創世期の冥界なのでそうはいかないのである。
「……仕方ない。僕も行ってくる」
「ああ、行ってこい」
イスラに見送られてゼロスがクロードの後を追った。
その間イスラは朝食の準備をしていたが、少ししてゼロスだけが戻ってきた。
しかもゼロスは「シーッ」と口の前で指を立て、こっちこっちとイスラを手招いている。
そんな様子にイスラは訝しみながらも立ち上がった。
「なんだ」
「兄上、こっちこっち。クロードがなんかへん」
「変?」
「うん、ちょっとあれ見てよ」
ゼロスがイスラを川辺に連れていく。
木陰からこっそり覗くと、クロードは川辺で水面を覗き込んでいた。
なにやら深刻な様子で前髪を手ぐしで整えている。
「うぅっ、なおらない~っ」
しかも涙目で苦悩しているようだ。
よく見るとクロードの前髪が斜めになっていて、それを必死で直しているようだが……。
「……あいつは何してるんだ」
「さあ?」
ゼロスはやっぱり首を傾げた。
二人の兄は末っ子クロードを赤ちゃんの頃から知っているが、時々こうして謎の行動をとることがあるのだ。さっぱり分からない。
しかしここは冥界、このままクロードを放置することはできない。
ゼロスはクロードを回収しに行くことにする。
「クロードを呼んでくる」
「ああ、頼む。……ん? ちょっと待て」
イスラがゼロスを引き止めた。
なぜならハウストの使役する鷹が飛んできたのだ。
鷹は空を旋回するとクロードの前に降り立った。気付いたクロードは満面笑顔で迎えている。
「ブレイラだ! これブレイラからですね!」
「ピッ!」
「ありがとう! これがあればわたしもセンターです!」
「ピッ、ピッ!」
鷹の足に括りつけられていた子ども用ヘアワックス。
受け取ったクロードは嬉しそうである。
「ブレイラとちちうえにありがとうございますって、つたえといて」
「ピィッ!」
鷹はひと鳴きすると、また空へと飛び立って魔界へ帰っていった。
クロードはブレイラからの届け物に上機嫌になると、さっそく前髪を整えだす。
懐かしい斜め分けから今のセンター分けへ。こんな野営地でもせっせと前髪を整えるクロードにイスラもゼロスも疑問でいっぱいだが。
「ゼロス、戻るぞ」
「いいの?」
「ああ、邪魔してやるな」
ブレイラがわざわざ届けたのだ。イスラとゼロスにはさっぱり意味が分からないが、それでもなにか意味があるのだろうと察した。
イスラはゼロスを連れて先に洞窟に戻ることにする。
だがその前に。
「――――去れ」
イスラが空に向かって殺気を飛ばした。
瞬間、クロードに空から襲いかかろうとした怪鳥が急旋回して逃げていく。
そう、ここは冥界。普通なら一瞬の隙が命取りになる不安定な創世期である。
こうしてクロードの安全を確保しつつイスラとゼロスは先に洞窟に戻り、なにごともなかったようにクロードと接するのだった。
三兄弟は洞窟で朝食を終えると、これから始めるのは密猟者の捕獲である。
冥界への不法侵入は重罪。密猟者を捕獲してそれぞれの世界の裁きを受けさせなければならない。
「ゼロス、この洞窟以外にも密猟者が潜伏できそうな場所はあるか?」
「うーんと、ここから南西の方角に二カ所、北の方角に一カ所かな。でも北には猛獣の群れが棲みついてるから、潜伏するなら南西だと思う」
イスラとゼロスが密猟者の位置を予測する。
二人は慣れていて落ち着いているが、クロードは正座をして真剣な顔つきで話しを聞いていた。クロードだって密猟者を捕獲するお手伝いをするためにここにいるのだ。
イスラは潜伏先の目星を固めるとゼロスに指示する。
「捕獲する前に密猟者の人数を確認しておく必要がある。先にアジトを押さえるぞ」
「分かった。それじゃあ僕は兄上とは反対側から接近するね」
綿密な捕獲計画を立てる二人のにーさま。
現在密猟者について分かっていることは少なく、捕獲には臨機応変に立ち回らなければならないのだ。
クロードもうんうん頷いて聞いていた。
「ゼロス、裏手にある谷にも潜伏している可能性がある。気を付けろ」
「仲間で分かれて潜伏か。面倒だね」
「結界を突破して冥界に侵入してるんだ、それなりの場数を踏んでる密猟者とみていいだろ」
「うん、魔力もそこそこある感じかな。もし密猟者が人間なら、人間界で指名手配とか賞金首とかになってるんじゃないの?」
「恐らくな」
「もう~、人間の密猟者は人間界で始末しといてくれないと」
「もう一度言ってみろ」
「なんでもないです。みんなで力を合わせてがんばろー」
ゼロス、即座の訂正。
冥王ゼロスは四界屈指の戦闘力を持っているが、兄である勇者イスラはもっと強い。まともにやりあって勝てる相手ではないのだ。なにより生まれた時から刷り込まれた兄弟の上下関係は絶対だった……。
「兄上、捕獲のタイミングなんだけど、その場のノリでいい?」
「ノリ……。もっと他に言い方はないのか」
「そんなのある?」
「ないな。よし、ノリでいけ」
「りょーかい」
ノリ。それはその場の判断に任されたということである。
捕獲のタイミングは最も失敗してはならないものだがあっさり決定した。
だがそれは投げ槍で決定したのではない。完璧なタイミングで遂行される実力があると分かっているから決定したのだ。
こうしてクロードも二人の話しあいを真面目に聞き入り、自分も参加すべく生真面目に挙手をする。
「はいッ! イスラにーさま」
「なんだ」
「わたしはなにをすればいいですか?」
「え」
イスラが固まった。
しかしクロードは真面目な顔で挙手をし、しかも期待の眼差しでイスラを見つめる。
クロードは信じている。きっと自分にも役割りが与えられるはずだと。
昨夜の焚火の番はほんとうに必要だったのか疑ってしまったが、こうして冥界にいるのだから自分にも出来ることがあるはずだ。そうでなければ本当に足手纏いになってしまうのだ。
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