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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて1
「海だー!」
「うみですー!」
ゼロスとクロードの歓声が響きました。
目の前には輝くような白い砂浜と水平線まで続くコバルトブルー。それは海です。
眩しいほどの晴天の下、私たち家族五人は海に来ていました。
しかもここは魔界の海ではありません。第三国の海。そう、明日から第三国で四界会議が開催されるのです。
どこの世界にも属さない第三国では定期的に四界の王が集う四界会議が開催されていました。
四界の王である魔王ハウストと勇者イスラと冥王ゼロスは会議出席のために第三国に入ります。私とクロードはそれについてきたのです。
「ブレイラ、もっと近くで見てきていい!?」
ゼロスが瞳をキラキラさせて聞いてきました。
海は初めてではないのですが大海原を見て興奮したよう。今にも走りだしそうです。
「ふふふ、いいですよ。あ、でも今日は近くで見るだけですからね」
「わかってるわかってる。クロードもおいで!」
「いきます!」
ゼロスがクロードをつれて海に向かって走っていきました。
波打ち際でゼロスとクロードが楽しそうな歓声をあげます。クロードは波を追いかけたり逃げたりおおはしゃぎですね。いつも冷静な五歳児ですが海に来て開放的な気持ちになっているようです。
そんな二人の姿に笑みが浮かびます。
「二人とも楽しそうですね」
「はしゃぎすぎだ。特にゼロス。あいつは冥王の自覚があるのか」
私の右隣にいたハウストが少し呆れた様子で言いました。
左隣にいたイスラの目も据わっていて、これは同意ということですね。
「ふふふ、許してあげてください。ゼロスは冥王ですがまだ十五歳ですよ」
「初めてじゃないだろ」
「初めてではありませんが、海は何度来ても良いものです」
私もこの第三国へ来たのは初めてではありません。ありませんが、この第三国の海は格別に美しいのです。
「ハウスト、今回も私とクロードを連れてきてくれてありがとうございます。あなたやイスラやゼロスはお仕事なのに、私とクロードは遊びに来たようなものですから」
四界会議は四界の王にとって政務ですが、私とクロードはそうではありません。私が公務ですることといえば晩餐会での挨拶くらいです。
でも四界会議期間中の休暇に家族で海水浴の予定を入れてくれたのです。
「気にするな。ここには毎回連れてくるつもりでいるんだ」
「せっかくなんだからブレイラはのんびりしてろ」
「ありがとうございます」
私はハウストとイスラに笑顔で礼を言いました。
今夜は晩餐会、翌日からは四界会議が始まります。第三国へ来たのは四界会議が目的ですが、家族で海水浴も兼ねているので楽しみです。
こうして四界会議と私たちの家族旅行が始まるのでした。
その晩、私は第三国の海辺にある魔王の離宮にいました。
どの世界にも属さない第三国には魔王、精霊王、人間の王にそれぞれ離宮があるのです。四界会議中、私たち家族は魔王の離宮に滞在します。
今、離宮の広間には正装姿のハウストと私とクロードがいます。今夜この離宮に精霊王を招いて四界会議開催を祝う晩餐会が開かれるのです。
「ブレイラ、こう? こうですか?」
クロードが子ども用のリボンネクタイに苦戦していました。
自分ですると立候補したものの綺麗に結べないようです。
「頑張っていますね、見せてください」
私は膝をついてクロードと目線を合わせ、リボンネクタイを結び直してあげます。
どうやら途中から絡まってしまったようですね。
シュルシュルと結び直していると、私の手元をクロードがじっと見つめています。
「いつもなら、じぶんでできるんです……」
「知っています。いつも上手に結んでいますね」
クロードは普段からフリルたっぷりのリボンネクタイを着用しています。
でも今日は挨拶を兼ねた晩餐会ですからいつもより複雑な結び目のリボンネクタイを選んだのです。
「このリボンのも、つぎはじょうずにむすべます」
「そうですね、あなたはとても器用ですから。はい終わり、綺麗に結べました」
「ありがと、ブレイラ。かんぺきにおぼえました」
「ふふふ、えらいですね」
褒めるとクロードは嬉しそうに頷きます。
リボンネクタイが整うと、今度は鏡台の前に座って前髪のセットを始めました。
ヘアブラシを片手に真剣な顔で鏡と睨めっこですね。今日のセンター分けもステキですよ。
ふと、扉がノックされます。
「父上、いる~?」
ノックとともに入ってきたのはゼロスでした。
ゼロスは深海を思わせる濃紺を基調とした正装を着ています。それは冥王としての正装でした。
初めて見るわけではありませんが何度見てもため息がもれてしまいますね。
凛々しい正装姿に私は目を細めましたが、ハウストは呆れたような顔になりました。
「お前、明日から四界会議だぞ。分かってるのか?」
「なにが?」
「なにがじゃないだろ。今夜の晩餐会にお前は冥王として出席するんだ」
「うん、頑張るからね」
ゼロスはグッと拳を握って意気込みました。
でもね、ハウストは眉間を押さえてため息をついてしまいましたよ。
「……なにが頑張るからね、だ。四界会議の晩餐会前に冥王が気軽に魔王の控えの間に来るな」
「そうだけど、父上は父上だし」
ゼロスは軽く笑って答えました。
ハウストとイスラとゼロスは親子関係ですが、それでも独立した世界の同格の王なのです。今のように四界の王として参加しなければならない催しがある時に、気軽に控えの間を行き来するというのは出来れば控えた方が良いでしょうね。
それはゼロスも分かっていることですが、ここに来るということはなにか用事があったのでしょう。
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