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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて4
「…………ジェノキス、さっきのきこえてましたか? グーッて」
「グー? なんだそれ」
思わぬ問いかけにジェノキスが首を傾げてしまいました。
でもジェノキスの反応にクロードの顔がパッと輝いて、「ブレイラ、ブレイラ」と私の手を引っ張ってこそこそ内緒話です。
「ジェノキスはきこえてなかったみたいです」
「良かったですね。ジェノキスに聞こえてないならきっと他の人にも聞こえていませんよ」
「はい、だいじょうぶでした」
嬉しそうなクロードに私は優しく笑いかけました。どうやら落ち込まずにすんだようですね。
そんな私たちの様子にジェノキスが眉を上げます。
「おい、大丈夫ってなんだ?」
「ふふふ、秘密にさせてください」
私がクロードをちらりと見て口元に人差し指を立てる。
するとジェノキスは「そりゃ大事な秘密だ」と笑ってくれました。けれど、ちらりと意地悪な視線を向けられます。
「相変わらず甘やかしてるみたいだな」
「どういう意味です」
私はムッとしてジェノキスを見つめます。
私が子ども達を甘やかしているとでも言いたいのでしょうか。
失礼ですね、私の子ども達はそれぞれ四界の王になるのです。ビシビシ厳しく育てているに決まってるじゃないですか。
「私、ビシビシですけど」
「あれでか?」
「クロードは五歳ですが容赦していません。ビシビシです」
「ビシビシか……」
「ビシビシです」
きっぱり言い切ってやりました。
ジェノキスはなにか言いたげですが私は引き下がってあげませんよ。
こうして私とジェノキスがじりじりしていると、明るい声が割って入ります。
「お、なになに取り込み中? 揉めてるなら僕は全面的にブレイラの味方するけど」
ゼロスでした。
今まで高官や貴族に囲まれていましたが、どうやら抜け出してきたようです。
ゼロスも十五歳になって外交を意識して働けるようになりましたが、疲れると勝手にお休みモードに入るところは子どもの頃から変わりませんね。
今も左手に持った大皿には華やかな料理が乗っています。立食形式の晩餐会ですがお腹が空いたなら遠慮なく食べる、それがゼロス。今もモグモグです。
「ゼロス、お疲れ様です」
「ブレイラこそお疲れさま」
ゼロスは気遣ってくれたけれど、私は左手の大皿が気になりますよ。今だってゼロスに挨拶したがっている高官たちが遠巻きに見ているのですから。
「晩餐会を楽しんでいるようですね」
「うん、第三国は魚がおいしいよね。やっぱり新鮮なのが一番だよ」
ゼロスはそう言うとパクリッ。とても美味しそう。
親交と歓談が目的の立食形式では料理を積極的に食べる方は少ないので、なんだかとっても目立ってしまっていますね。でもゼロスらしいですよ。
私は苦笑してしまいましたが、手を繋いでいるクロードはじーっとゼロスを見上げています。
ゼロスは視線に気付いてニヤリと笑う。
「ほらクロード、あ~ん」
「わっ、にーさま!」
突然のことにクロードが慌てています。
でもゼロスは構わずにひと口サイズに調理された料理をスプーンに乗せて、「ほらほらあ~ん」とクロードの口元に持っていきました。
「にーさま、やめてくださいっ。にーさまはめいおうなのに、おしょくじしてるのはダメです!」
「いいのいいの、冥王でもお腹すくから。ほらクロードも、あ~ん」
「ああっ、やめてくださいっ、やめ、むぐっ!」
あ、クロードのお口にお料理が入りました。
クロードは「ああ、わたしのおくちにっ」と焦っていますが、……モグモグです。お口はとってもモグモグしてます。
「ほらクロード、もう一回あ~ん」
「にーさま、やめてください。そういうの、パクッ。……モグモグ。ダメです。モグモグ。こういうのはぎょうぎがわるいんです。モグモグ」
モグモグしながらゼロスに文句を言うクロード。
最初は抵抗していたのに、今では素直に口を開けています。
そんな次男と末っ子のやり取りに私は小さく笑ってしまう。二人は冥王と次代の魔王なので注目を集めてしまっていますが、微笑ましい兄弟のやり取りを温かく見守ってもらえていました。
「クロード、いいんですか?」
「おくちにはいったものはしかたありません。モグモグ」
「なるほど。仕方ないんですね」
「はい、しかたないんです。モグモグ。あ~ん、パクッ」
これは仕方ないんですと言いながらクロードはモグモグ。
お口に入ってしまえば不可抗力なので仕方ないようです。なんだかんだ言いながら満足のようですね。
そんなゼロスとクロードにジェノキスも苦笑します。
「この兄弟は相変わらずだな。ブレイラの子って感じがする」
「どういう意味ですか。それに感じじゃなくて、私の子ですよ」
言い返すとジェノキスは「その通りだ、御母上様」とニヤリと笑いました。
クロードにあ~んをしていたゼロスもジェノキスに笑いかけます。
「ジェノキス、久しぶり。この前、ジェノキスが魔界に来た時以来だっけ?」
「いいや、俺が冥界に出張した時だ。忘れるなよ」
「あ、そうだっけ」
うっかりとゼロスが笑いました。
ジェノキスはゼロスと軽く言葉を交わして目を細めます。なんだか親戚の子どもの成長を見守るような目ですね。
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