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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて6
「ち、違うの。ブレイラ誤解だから! あれ美味しいね~、て言ってみただけだから! そしたら精霊族の人たちが美味しい料理作ってくれて、あの時はジェノキスありがとう!」
「ジェノキスありがとうじゃねぇよ」
ジェノキスの目が平らになっています。
ゼロスはますます焦ったようですが、そこにイスラがやってきました。
「なんだゼロス、それ精霊界でもしてたのか」
「あ、兄上、どうしてこのタイミングで来ちゃうかなあ……」
「俺が来たらマズイことでもあるのか」
「な、ないです……」
ゼロスが目を逸らしながら答えました。
冥王でも兄上の勇者には何も言えずに引き下がってしまいます。
いつもなら私も「まあまあ」と宥めるところですが、今回は私も黙っていることはできません。
「ゼロス、それは本当ですか?」
「えーっと、その、これには深い事情があって……」
「深い事情?」
「そう、とっても深い事情。人間界の南東部に十年に一度しか実らない果物があるんだけどね、それが丁度食べ頃になるって聞いたから、どんな感じかな~って気になって。十年に一度っていうし、これも経験かなって。ほら父上と兄上も僕にたくさん経験しろって言うから、大事なことなんじゃないかなって思って」
「なるほど。それが深い事情なんですね」
「そ、そう。深い事情です……」
じーっと見つめるとゼロスが「うぅっ」と一歩後ずさる。そして。
「……はい、ごめんなさい」
観念してくれました。
降参とばかりに両手をあげたゼロスにため息をついてしまいます。
素直なゼロスはとても可愛いのですが、自分が冥王という立場であることを忘れてはいけません。
「ゼロス、リクエストするなとは言いません。会食では招待してくださった方もお客様の好物を揃えたいと思うものですから。でもね、直前はいけません直前は」
「分かった。今度からは三日前までに言う」
「よろしい」
ゼロスの返事に私も頷きました。
私の後ろでイスラとジェノキスが「リクエストはするんだな」「そこは譲らないみたいだ」とこそこそ言っていますが、そこは許してあげてください。
大好きなお料理を食べる時のゼロスはとても可愛い笑顔になるのです。それは私の好きな笑顔なのですから。
こうしてこの件は落着しましたが、でもね、それにしても……。私はゼロスを見て内心少しだけ気を揉んでしまう。
ゼロスが成長して十五歳になり、一人で政務を行なうことが多くなりました。それは喜ばしいことですが、逆をいえば私の知らないゼロスの時間が増えたということです。
イスラが一人で政務を始めた時も、私の知らないイスラの時間が増えていくことに寂しさを覚えました。今回もやっぱり寂しいです。でもこの寂しさはいいのです。ずっと手元にいたゼロスが成長したのですから、むしろこの寂しさは健全です。寂しくて当然なんですよ。
だから今回はこれが問題ではありません。問題は、情報や状況が後から知らされるということです。
幼い頃はずっと手元にいたのでゼロスが何をしているかすぐに分かりましたが、一人で政務を行なうようになってから今のように後から知らされるようになりました。
だから私はもうハラハラしてしまうわけですが……。
「兄上、ジェノキス、またよろしくね。冥界にも遊びにきてね」
のん気です。とってものん気です。
ゼロスはのん気に笑うと私を振り返る。
「ブレイラも来てね。僕が案内するよ」
ニコリと笑って私も誘ってくれました。
……ずるいですね。そんなことされたら悩みなんて飛んでいってしまうじゃないですか。
「冥王様に案内していただけるなんて光栄ですね」
「ブレイラは特別な場所を案内してあげる」
「ふふふ、ありがとうございます」
嬉しい特別待遇です。
こうして話していると、私たちのところにハウストが来てくれます。しかも精霊王フェルベオも一緒です。二人は今まで政務のことを話し込んでいたようでした。
「ブレイラ、楽しそうだな」
「ハウスト、精霊王様、お疲れ様です」
お辞儀して出迎えるとハウストとフェルベオが頷く。
挨拶を続けようとしましたが、クロードがさりげなく私の後ろに引っ込んでしまいました。
四界の王・精霊王フェルベオの存在に緊張しているのです。ハウストやイスラやゼロスも同じ四界の王ですが父上やにーさま達ですからね、ちょっと違いますよね。
でもフェルベオの前でいつまでも隠れているのは困ります。
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