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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて14
「この時代に感謝するといい。そうでなければ魔王直々の処刑だ」
「お、開戦覚悟の処刑か。時代が時代なら、たった一人のために万を超える命が血を流してたな」
ジェノキスは冗談めかして言った。
だがそれはほんの数年前までは決して冗談などではなかったものだ。
実際、十万年以前は四界大戦という大規模な戦争状態が続き、初代王たちの結界で世界が四つに区切られてからも小規模な衝突はあったのだ。
魔界の王妃が他世界の男に誑かされるなどあってはならない。もしそうなればブレイラ自身が望もうと望まざると開戦は免れない。
だが現在、それはあらゆる方法を模索して回避の道を探すことになるだろう。
なぜなら先代魔王討伐によって断絶状態だった魔界と精霊界が親交を結んだからだ。その親交の結び目には幼い勇者と手を繋いだブレイラがいたのである。
魔界と精霊界は人間界とも徐々に親交を深め、それに創世した冥界も加わった。現在の四界は史上稀にみる平和と栄華を実現しているといえるのだ。
そしてその四界の結び目にはブレイラがいた。
ブレイラ本人にその自覚は薄いが、ここにいる勇者と冥王はブレイラの両腕に抱かれて育った王たち。そして今もブレイラの腕のなかに未来の魔王がいる。
ブレイラの存在が結び目を強くしていることは四界共通の認識だった。
「そろそろお時間です」
士官がハウストたちに声を掛けた。
休憩は終わりということだ。名残り惜しいが仕方ない。
最後にもう一度浜辺を見ると、ブレイラが微笑んで頷いた。ブレイラも休憩の終わりを察したのだろう。
こうしてハウストたちはまた四界会議を再開したのだった。
◆◆◆◆◆◆
「クロード、もうすぐですよ。この先に入り江があるんです」
「わたし、こういうとこはじめてです!」
興奮するクロードに私も嬉しくなります。
奥の岩場を越えた先に入り江の洞窟があるのです。たまに漁師が休憩に使うそうですが、その洞窟には地下に続く階段が隠されていて、その先にある空間には秘密の浜辺がありました。かつてアベルが海賊だった時に隠しアジトに使っていた場所です。もちろん四界会議中の今は警備兵によって安全が確認されています。
「ふふふ、クロードは驚くかもしれませんね~」
「ええっ、なにかあるんですか!?」
「まだ秘密です。でもきっとびっくりしますよ。よいしょ」
「なんだろ、たのしみです! よいしょ、よいしょ」
私たちは大きな岩の上を慎重に歩いて行きます。
女官や侍女たちが先に足場を確認し、私たちに危険がないようにしてくれていました。
他にも岩場には見張りの警備兵が等間隔で立っています。四界会議中は孤島のあらゆる場所に警備兵が駐留しているのです。
「よいしょ、よいしょ。クロード、もう少しですよ。がんばってください」
「はい、がんばりますっ。よいしょ、よいしょ」
私はクロードと一緒に大きな岩から岩へ飛び移ったり、よじ登ったり、よいしょっと飛び降りたり。
見守ってくれているコレットや女官がハラハラした顔をしています。ごめんなさい、心配かけてますよね。でも大丈夫、私は山暮らしをしていたので体力には自信があるのですよ。運動神経だって一般的なつもりです。
こうして岩場を越えて入り江の洞窟に到着です。
洞窟の入口には警備兵が立っていて恭しくお辞儀されました。
「お待ちしていました。足元にお気を付けください」
「ありがとうございます」
そう礼を言うと私はクロードと手を繋いで洞窟に入りました。
クロードは物珍しそうにきょろきょろしています。
私は懐かしい気持ちになって目を細めました。
「ここでイスラとかくれんぼをしたんです」
「えっ、イスラにーさまがかくれんぼ!? イスラにーさまってかくれんぼするんですか!?」
「ふふふ、イスラだって子どもの頃はしてましたよ。戦いごっこも冒険ごっこも大好きでした」
「イスラにーさまこどもみたいです!」
「イスラにもちゃんと子どもの頃がありましたよ」
クロードが赤ちゃんだった時、イスラはすでに十五歳でしたからね。クロードからすればイスラの子ども時代は想像もできないのでしょう。
「ほらクロード、ここを見てください」
「わあっ、かいだん! ひみつのかいだんがあります!」
「いってみましょう」
「ええっ、いってもいいんですか!?」
「いいんですよ」
私は小さく笑ってクロードと階段を下りていきます。
光の届かない暗い通路ですが、侍女がすぐに足元を明かりで照らしてくれました。
こうしてしばらく歩き、その先にぽっかり開いた空間が広がります。
「うみです! ちっちゃいうみがあります!!」
クロードが感激の声をあげました。
そう、この洞窟の隠し通路の先にある空間には小さな浜辺と海があるのです。
海底が外海と繋がっているので前回はクラーケンがいましたが、もちろん前回のクラーケンは退治されているので大丈夫。
「ブレイラ、もっとちかくにいってもいいですか!?」
「いいですよ、行ってみましょう」
私もクロードと手を繋いで波打ち際に近付きます。
もちろんコレットや他の女官も一緒です。海は楽しい場所ですが危険な場所でもありますからね。
こうして私たちは秘密の浜辺で遊びだす。
以前は海賊の隠しアジトだった場所だったので、ここで遊ぶというのもなんだか変な気分。しかも私はここでクラーケンに海に引きずり込まれましたから。
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