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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて15

「ブレイラ、もうちょっとはいってもいいですか?」 「いいですよ、気を付けてくださいね」 「はい!」  クロードが靴と靴下も脱いで浅瀬に入っていきます。  水の感触にパァッと顔が輝いて私に手を振ってくれる。 「お~い、ブレイラもいっしょにはいってください!」 「ふふふ、じゃあ少しだけ」  私も素足になって、ローブの裾を持ち上げて浅瀬に入りました。  足の裏に砂浜の感触。足首まで冷たい水に浸かると、ほうっと息が漏れました。 「冷たい水が気持ちいいですね」  波が足を撫でるように寄せては引いていく。  砂と水の感触がとても心地いい。  私は足を海に浸しながら頭上を見上げました。  ここは岩に囲まれた地下空間のようですが、頭上の隙間からは光が差しています。陽射しを受けた海面はキラキラと輝いて、まるで青と光の絨毯のようでした。 「綺麗ですね。ここにクラーケンが潜んでいたなんて信じられません」 「え、クラーケン!?」 「昔の話しですよ。この海にはクラーケンが封印されていたんです。でもその封印が解けてしまってクラーケンが大暴れして大変でした。ここにも出没しましたよ」 「ええっ。そ、それじゃあっ」  クロードが青くなって私に駆け寄ってきました。  ああごめんなさい。不安にさせてしまいましたね。 「もう大丈夫です。あなたの父上とにーさまが倒してくれましたから」 「ちちうえとにーさまが!? それってイスラにーさま?」 「そうです。ゼロスはまだ生まれてませんでしたから」 「そうなんですね。ちちうえとイスラにーさますごい! わたしもつよくなってクラーケンたおします!」 「そうですね、強くなってください。でももうクラーケンは出ないのでだいじょ」  ――――ピカリッ!!  刹那、海面全体が眩しいほど輝く。それは複数の転移魔法陣。  そして、ザバアアアアアアアッ…………!!!!  白い波飛沫とともに出現したのは、海を埋め尽くすほどの巨大クラーケンの大群。 「なっ、……!?」  信じ難い光景に言葉が出てこない。  浜辺にいた私もクロードもコレットや女官たちも愕然としてしまう。  でもコレットがいち早く冷静さを取り戻しました。 「ブレイラ様、クロード様、お逃げください!!」 「ク、クロード!!」  私もハッとして我に返り、すぐにクロードを抱っこして逃げ出します。  クロードは真っ青な顔で私にしがみ付きました。 「クロード、私から離れてはいけませんよっ」 「うぅ、ブレイラっ……」  クロードが私にしがみついて肩に顔を埋めます。  まるで隠れるようなそれ。私は抱きしめる腕に力を込めて走りました。  私の周りを女官と警備兵が固め、コレットが陣頭指揮を執ってクラーケンの大群に応戦します。 「早く城に報せを! 援軍を呼べ!! 警備兵はただちに攻撃態勢をとり、援軍がくるまで時間稼ぎをせよ! 女官はブレイラ様とクロード様を必ずお守りしろ!!」  コレットは指示するとすぐに私のところに来てくれます。 「ブレイラ様、ご無事ですか!? 必ずお守りしますのでご安心ください!」 「お願いします!」  コレットが私を誘導してくれます。  出口の通路に向かって浜辺を走るけれど、クラーケンの大群が狭い空間で暴れます。  巨大な長い足が鞭のようにしなって岩壁や天井を破壊する。  ガラガラガラッ……!! 「わああっ!」 「伏せてください!!」  天井が崩れて咄嗟にクロードを庇う。  でも落石はコレットの攻撃魔法で破壊されました。 「ブレイラ様、ご無事ですか?」 「ありがとうございます。私は大丈夫です。でも……」  先ほどの落石で出口が塞がれてしまいました。  崩落した壁をよじ登れば脱出することはできるけれど……。  私はクラーケンと戦っている警備兵や女官の姿に胸が締めつけられる。  警備兵や女官が応戦していますがクラーケンの大群に防戦一方になっていました。無理もありません。クラーケンのような異形の怪物に対抗するには精鋭部隊の隊長クラスの力が必要です。 「コレット、みなを守ってください! あなたの力が必要です!」 「いいえ、私が最優先するのはブレイラ様とクロード様です。それだけは出来ません。ブレイラ様、クロード様、こちらの少しでも安全な場所へ」  私とクロードは岩陰に連れていかれます。  この地下の浜辺に安全な場所はありませんが少しでも瓦礫や落石に襲われない場所でした。 「コレット、私は大丈夫です。ここを動かないと約束しますから」 「ブレイラ様、お気持ちは有り難いものですが御辛抱ください。ブレイラ様の身になにかあれば魔王様だけでなく、勇者様も冥王様も悲しまれます。場合によっては四界の秩序が乱れることも」 「コレット……」  私はクロードを抱きしめたまま唇を噛みしめて俯きました。  でもふいにおずおずとした視線を感じる。  そちらを見るとクロードです。  私の肩に顔を埋めて隠れていたクロードがおずおずと顔をあげていました。  可哀想に、恐怖で顔が青くなっています。  クロードがクラーケンや異形の怪物に初めて遭遇したのはまだ赤ちゃんの時でした。当然その時の記憶はないのですから。 「どうしました、クロード。恐くありませんからね、大丈夫ですからね」  優しく励ますように言いました。  でもクロードは迷ったように目を泳がせるけれど、「だっこ、もうだいじょうぶですっ……」と意を決したように私の抱っこから降りました。  そしてクロードは私のローブを握ったままコレットを見上げる。 「わたしが、ぼうへきまほうでブレイラをまもるから、だいじょうぶですっ」 「ク、クロード様?」 「わたしのぼうへきまほうは、みつりょうだんもやっつけました!」  クロードはそう言うと地面の浜に防壁魔法を描き始めます。  ちょこんとしゃがんで「よいしょ、よいしょ。こうでこう、こっちはこう」と迷いなく地面に複雑な模様を描きました。 「できました! ブレイラ、はいってください!」 「は、はいっ」  五歳児が描いた防壁魔法陣は大人一人がなんとか入れるサイズです。  私とクロードが入るとぎゅうぎゅうですが大丈夫。クロードが私の足にぎゅっと抱きつくと、ほらちゃんと入れました。

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