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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて16
「コレット、ここはだいじょうぶです! ブレイラはわたしがちゃんとまもります!」
「しかし……」
コレットは躊躇いますが、クロードは「えいっ!」と魔力を発動して防壁魔法を強くしてみせます。
「ここはいま、だいさんこくでごばんめにあんぜんなばしょです! だからだいじょうぶです!」
クロードが自信満々に言いました。
その言葉に私とコレットは顔を見合わせる。
五番目、それは四界の王の次という意味なのでしょう。
四界の王の四人にはまだ届かないけれど、それでも次代の魔王としての矜持。
私は足に抱きついているクロードを見つめ、そしてまたコレットを見つめました。
コレットにそっと笑いかけます。
「行ってください。ここには次代の魔王がいるのです。次代の魔王の防壁魔法を侮ってはいけません」
そう言うと足に抱きついているクロードが驚いた顔で私を見上げます。
「そうですよね、クロード」と笑いかけると、瞳を輝かせて大きく頷いてくれました。
「そうです、だいじょうぶ! コレット、ここはだいじょうぶです!」
「そうですね、ブレイラ様、クロード様。大変失礼なことをいたしました。では行ってまいります」
「お願いします。女官や兵士を守ってあげてください」
「畏まりました。お任せください」
コレットはそう言うと女官や兵士を援護しながら最前線で指揮を執ります。
実績と実力があるコレットが直接指揮をすることで士気が上がり、防戦一方だった戦闘が徐々に応戦へと変化していきました。
「さすがコレットですね。クロードもありがとうございます。あなたの防壁魔法のおかげで安心です」
「はい!」
クロードが私に抱きついたまま元気よく返事をしてくれました。
以前は未覚醒なのをきにして自信なさげな顔をしてしまうこともありましたが、今はもう吹っ切れたようですね。今は未覚醒でもクロードなりに一生懸命考えて皆の力になろうとしています。
こうして私とクロードは防壁魔法陣の中で戦況を見守っていましたが、その時、一体のクラーケンが私たちに向かって突っ込んでくる。
「わ、わあああっ!」
「ブレイラ、だいじょうぶです! えいっ!」
ガキーーーーン!!
クラーケンの巨体が弾かれる。
ぶつかった瞬間、クロードが魔力を強くして防壁を強化してくれたのです。
でもクラーケンは私とクロードに狙いを定め、防壁魔法陣を破壊しようと攻撃を仕掛けてきました。
ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!!
クラーケンの巨大な足が何度も防壁を殴打する。力で破壊しようとしているのです。
クロードはその度に「えいっ、えいっ、えいっ」と魔力を強くしているけれど。
ピシリッ……! 防壁に亀裂が走りました。
怖くないと言えば嘘になるでしょう。でも信じます。だってクロードがこんなに頑張ってくれているのですから。
「だ、だいじょうぶですっ。えいっ! ここはごばんめ、なんです! えいっ!」
「はい、信じていますよ。ありがとうございます」
そう言って私は足に抱きついているクロードをぎゅっと抱きしめました。
クロードも私にぎゅうっと抱きつく。
そしてクラーケンが巨大な足を持ち上げて、防壁の亀裂に向かって一気に振り下ろす。
でも次の瞬間、ピカッ! 足元からまばゆい光が放たれる。
巨大な防壁魔法陣が出現したのです。そして。
「――――よく守った。未熟だが悪くない防壁魔法陣だ」
聞き慣れた声。ハウストです。
クロードの小さな防壁魔法陣に被さるようにして大きな防壁魔法陣。それは浜辺全体に拡大し、私たちを襲っていたクラーケンが防壁に圧し潰されて消滅する。
強烈な光が収まると、そこに見えたのはハウストの後ろ姿でした。
「ちちうえだ! ちちうえのぼうへきまほうじん! ブレイラ、もうだいじょうぶです。おっきいぼうへきまほうきました!」
クロードが嬉しそうに言うと、自分の小さな魔法陣からハウストの大きな魔法陣に飛び出します。
安心したのでしょうね、ハウストの足にしがみ付いてはしゃいでいます。
「ちちうえ! ちちうえ~!!」
「分かったから大人しくしろ」
足元にまとわりつくクロードにハウストは苦笑すると、その小さな末っ子を片腕で抱きあげました。
目線が高くなったクロードは嬉しそうにハウストの頭にぎゅっとします。
「ちちうえ、わたしぼうへきまほうしたんです! あれです! あれがわたしのぼうへきまほうじんです! わるくないぼうへきまほうじんです!」
「ああ分かったから」
「ほらみてくださいっ。ちゃんとみて!」
クロードが興奮した様子で自分の小さな防壁魔法陣を指差します。
父上に褒められたのがよっぽど嬉しかったのですね。
でもハウストは整えた髪を乱されて眉間に皺を刻んでしまう。そんな彼に私は目を細めて笑いかけました。
「ハウスト、ありがとうございます」
「怪我はないか?」
「ありません。コレットや皆が守ってくれました。クロードも頑張ってくれました」
そう答えるとハウストが頷きました。乱れた髪を片手で掻きあげて、私を見つめてふっと笑います。ようやく彼も安心してくれたようでした。
「怖い思いをさせたな」
「いいえ、大丈夫です。あなたが来てくれました」
「報せが入った時は心臓が止まるかと思ったぞ」
ハウストが私の頬に手を伸ばしてそっとひと撫でしてくれる。
だから私は頬に寄せられたハウストの指に頬をすりすり。彼の大きな手に手を重ねて見つめました。
「ふふふ、私の心臓は平気でした。あなたは必ず来てくれると信じていましたから」
「ああ、信じてろ」
ハウストが当然のように答えると、私の手を掴んで引き寄せてくれました。
私はハウストの側で地下空間の浜辺を見つめます。
次々に討伐されていくクラーケンの大群。
そこにはイスラとゼロスの姿がありました。
私に気付いたゼロスがクラーケンと戦いながら大きく手を振ります。
「お~い、ブレイラとクロード~! 大丈夫~!? 僕と兄上もいるよ~!」
「私とクロードは大丈夫ですよー! 助けに来てくれてありがとうございます!!」
大きな声で答えるとゼロスが嬉しそうに頷いて、目の前のクラーケンを一閃して倒します。
ゼロスは壁や天井を蹴って縦横無尽に動き回り、身軽な剣捌きながらクラーケンを一刀両断で倒していきます。
そしてイスラの方は海面を氷魔法で凍てつかせ、そこに立って鋭い剣撃で複数のクラーケンを一度に倒していきました。
勇者と冥王の加勢は強力で、こうしてクラーケンの大群はあっという間に一体も残らず討伐されます。
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