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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて17

「ブレイラ~! クロード~!」  ゼロスがこちらに駆け寄ってきます。  私のところに来ると勢いのままぎゅ~っと抱きしめられました。 「ブレイラ、ブレイラっ、大丈夫だった!? ケガはない!?」 「大丈夫ですよ。心配かけてしまいましたね」 「心配した! すっごく心配したよ!」  ゼロスはそう言うと私の肩を掴んだまま少しだけ離れる。私の足先から頭まで何度も見回すと、「よかった~~!」とほっと安心してくれました。  次はハウストに抱っこされているクロード。 「クロード、ちょっとこっちおいで」 「わあっ、にーさまっ」  ゼロスはクロードの両脇に手を入れると頭上に掲げました。  宙にぶらんっと掲げられたクロード。  ゼロスはクロードを左右から見上げてチェックすると「よしっ」と頷く。 「クロードも怪我ないね。はい父上、どうぞ」 「返すのか」 「うん、大丈夫なの確認したから」  クロードが突き出されてハウストが受け取ります。  ゼロスは弟が無事なのを確認できて満足のようですね。  そんなゼロスに続いてイスラがこちらに来てくれました。  イスラは私の全身を見ると安心したように目を細めます。そしてそっと抱き寄せて私の頬に頬を寄せてくれました。 「無事で良かった。もしブレイラになにかあったらどうしようかと思った」 「心配かけましたね。皆が守ってくれたので大丈夫ですよ」 「ああ」  イスラは頷くと次にクロードを見ます。 「クロード、よく頑張ったな」 「はいっ!」  クロードが大きく返事をしました。  イスラに褒められて誇らしげですね。 「おや、終わったようだな」  ふとフェルベオの声が割って入りました。  振り返ると側にはジェノキスも控えています。  どうやらここへ来たのはハウスト達だけではなかったようですね。まさか精霊王まで来ていたなんて。  私はお辞儀して迎えました。 「精霊王様まで申し訳ありません。ご心配をおかけしました」 「母君が無事で良かった。報せが入った時は驚いたが、……クククッ」  ふとフェルベオが思い出し笑いをする。  突然笑いだしたフェルベオに驚いてしまう。 「どうしました?」 「いや申し訳ない。その時のことを思い出してしまって」  フェルベオがそう言うと意味ありげにハウストとイスラとゼロスを見ました。  私はますます首を傾げてしまいますが、ハウストは憮然とした顔になっていきます。 「おい、何が言いたい」  ハウストがフェルベオを見据えて言いました。  低い声に私の方が目を丸めてしまう。穏やかな声色ではありませんね。  しかしフェルベオが気にする様子はありません。それどころか楽しそうに笑いだします。 「ハハハッ。魔王殿、そんな怖い顔をしてくれるな」  フェルベオはそう言うと四界会議中のことを私に教えてくれます。 「クラーケン襲撃の報せが入った時は会議中だったんですが、その時の魔王殿と勇者殿の冥王殿を母君に見せてやりたかった」 「ハウスト達になにかあったんですか?」 「いや、魔王殿たちにではないかな。どちらかというと会議に参加していた士官たちだ」 「ええっ、どういうことです?」  びっくりしてハウストを振り向くと、彼は小さく舌打ちして顔を逸らしてしまう。  次にイスラとゼロスを見ると二人も居心地悪げに顔を逸らしてしまいました。  親子揃って顔を逸らされて面白くありませんよ。 「士官になにがあったんですか? 士官はクラーケン襲撃を報せてくれただけなんですよね?」 「そうなんだが、魔王殿たちにとってその報せは衝撃が大きかったようだ。まるで四界消滅の報せを受けたような顔をして士官に掴みかかったんだ。至近距離で凄まれた士官は青褪めて、まだ報告途中だったのに声が震えてね。それなのにそこに勇者殿と冥王殿が加わってしまって、本当に気の毒だった。その後、魔王殿と勇者殿と冥王殿は会議室から消えてしまったんだ」 「そんなことが……。ご迷惑をおかけしましたっ」  慌てて謝った私にフェルベオは「迷惑だなんて誰も思っていませんよ」と優しく言ってくれます。  しかしそういうわけにはいきませんよね。大切な四界会議中だったのに……。  でもね、でもどうしましょう。  申し訳ない気持ちもこみあげるのですが……。 「……コホンッ。いいえ、たくさんの方にご迷惑をかけてしまったことに、……コホンッ、変わりありません。大切な四界会議だったのに。……コホンッ」  口元をさり気なく手で隠し、時おり小さく咳払いをして言いました。  不自然さを必死に隠します。絶対隠します。  それなのに。 「……ブレイラ、口元が緩んでるぞ」  横で見ていたジェノキスが平らな目で言いました。  しかもクロードも横から私の顔を覗き込んで「あ、ニヤニヤです」と気付かなくてもいいことに気付いてしまう。 「ク、クロードまでっ」  私は慌てて両手で口を覆いましたが、……分かっています。手遅れですよね。  そうです、ニヤニヤしてしまうんです。  でも仕方ないじゃないですか、こんなの嬉しくないはずがありません。  ハウストをちらりと見ると、先ほどまでとても不機嫌だったのにすっかり機嫌は直っていました。 「言っただろ。心臓が止まるかと思ったと」 「嬉しいと思ってしまう私を許してくださいね」 「許す」  そう言ってハウストが優しく目を細めました。  なんだか良い雰囲気になりましたが、フェルベオが申し訳なさそうに割って入ります。 「それで、まだ続きがあるんだが」 「え、続きですか?」 「ああ。四界会議中に魔王殿と勇者殿と冥王殿が突然いなくなったわけだが、そこにある人が来てくれてね。王が抜けた会議室に盛大に呆れかえっていたよ。ほらこの人だ」  そう言って兵士達の後ろから一人の人物が姿を見せます。  その姿に私は震えあがりました。だって、だって。 「フェリクトール様っ……!」  そこに立っていたのはフェリクトール。  しかも青筋を浮かべていました。

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