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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて19

「ゼロス、それはいったいどういうことです。なにか知っているんですか?」  私が聞くとゼロスはうーんと考えながらも話しだす。 「分かんない。分かんないけど、もしかしてあれかな? と思うことが一つあったりなかったり……」 「なかったかもしれないけれど、あったかもしれないんですね。話してみてください」 「う、うん。……じつは一ヶ月くらい前のことなんだけど、冥界に難民の集団を保護したんだ」 「難民の集団を?」 「うん。集団の中には人間も精霊族も魔族もいた。少数民族が寄せ集まったみたいな集団だったよ。住むところを探して移動中だった。僕の冥界で暮らさせてあげたかったけど、創世期で危ないから短期間だけ保護してたんだ」 「そうでしたか。優しいですね」  そう言うとゼロスは照れ臭そうに小さくはにかみました。  現在の四界の情勢は大きな視野で見るととても安定していますが、国や地域といった狭い視野で見るとすべての人が恵まれているわけではないのです。世界は平和でも、そこに暮らすすべての人々の暮らしが豊かであるとは限りません。  人々が平穏で豊な暮らしができますようにと願うけれど、そうあれと政治を行なうけれど、それを叶えることは難しいことでした。 「それで、その難民の方々はどうなったんですか?」 「大丈夫、兄上や父上や精霊王にも相談した。みんな自分の世界に帰りたいだろうと思って。そしたら暮らせる場所を見つけた人はちゃんと自分の世界に帰っていったよ」 「そうでしたか。お疲れ様でした」  答えを聞いてほっと安心しました。  冥王ゼロスなら魔王や勇者や精霊王に直接相談や交渉ができますからね。各王も同格の王に相談されては問題を後回しにすることはできません。きっとすぐになんらかの救済措置がなされたのでしょう。  しかしゼロスはそこで困った顔をしました。 「その集団なんだけど、……じつは……一人だけ冥界でいなくなったんだ」 「え?」  思わずゼロスに聞き返す。  ここにきてハウストとイスラとフェルベオとフェリクトールも表情を変えました。  ゼロスは居心地悪そうに説明を続けます。 「集団の中に異様な魔力の魔族がいたんだ。難民として冥界に来たんだけど、気付いたら姿が消えていた。他の難民にたしかめたら、みんな気が付いたらいなくなったって言ってて……」  ゼロスの声が途中から小さくなっていきます。  それとは反対にハウストが目を据わらせていって、私はハラハラしてしまって……。 「ハ、ハウスト……」  私はハウストの名を呼んで、その腕にそっと触れました。  だってとても怖い顔をしています。  ハウストはそんな私の心配に気付くと怖かった目つきを少しだけ和らげてくれました。  ハウストはゼロスを見据えて質問します。 「それで、そいつが最初から異様な力を持っていることに気付いていながら逃がしたのか?」 「それは僕だって注意してたよ。僕が冥界にいない時も召喚獣に見張らせてた。でも、忽然といなくなったんだ」 「冥王のお前が気付かなかったのか」 「反省してます……」  ゼロスが縮こまりながらも言いました。  ハウストとイスラに取り囲まれてじっと見られ、ますます焦って縮こまってしまう。  十五歳に成長しましたが、ゼロスにとって父上や兄上の存在はとても大きなものです。それは三歳の頃から変わらないのでしょう。  ハウストはため息をついて続けます。 「その行方不明者は難民に扮して冥界に入ることが目的だったというわけか」 「たぶんそう。冥界でなにするつもりなんだろうって思ってたんだけど」  ゼロスはそう言うと、クラーケンの大群と戦っていたコレットに聞きます。 「こいつらは転移魔法陣で出てきたんだよね。間違いない?」 「はい、間違いありません」 「そっか。……こいつら、冥界で作られたかも」 「ええっ!」  またも爆弾発言。思わず声をあげてしまいました。  ハウストとイスラとフェリクトールは頭を抱え、フェルベオは少し驚いたように目を丸めています。  私も焦ってしまってゼロスに確かめる。 「ゼロス、そう思う根拠があるのですか?」  ないと願ってゼロスを見つめます。  どうか根拠なんかありませんように。ゼロスの考え過ぎで終わりますように。  でも。 「…………」 「…………根拠……あるのですね」 「……ある」  ゼロスが居心地悪げに目を逸らして答えました。  根拠はある、と。  やっぱりゼロスはなにか知っているのです。  私は少し困惑してゼロスを見つめてしまう。  まだゼロスが幼かった時、私はゼロスのことがなんでも分かりました。  ゼロスはおしゃべりなので一日にあった嬉しかったことや悲しかったことや楽しかったことや困ったことなど、なんでもたくさんおしゃべりしてくれたのです。  しかも甘えん坊なのでいつも私と一緒にいたがって、お出掛けする時は『おててつなごっか』と必ず手を繋いでいました。何をするにも一緒だったのです。私にゼロスのことで分からないことはありませんでした。  でも成長してゼロスが一人で過ごす時間が増えていったのです。それは私が知らないゼロスが増えていくということ。  当たり前のことだと分かっていますが、今のようなことが起こると心配になってしまう。

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