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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて20
「ゼロス……」
名を呼んでゼロスを見つめます。
するとゼロスが少し申し訳なさそうに私を振り返りました。
「ごめんね、ブレイラを危ない目に遭わせたのは僕かもしれない」
「謝らないでください。まだ決まったわけじゃないでしょう」
「それじゃあ、心配させちゃった。ごめんね」
「そうですね、それは正解です。心配しています」
私がそう言うと、ゼロスは「ごめんね」と眉を下げました。
その顔に胸がぎゅっとする。相手は冥王だと分かっていても守ってあげたくなってしまう。
そんな私にゼロスがニコリと笑いかけてくれます。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」
「……本当ですか?」
「ほんと。根拠あるって言ったでしょ? だいたい見当ついてるからさ」
ゼロスは私を安心させるように言いました。
そして冥王としてハウストとイスラとフェルベオを振り返ります。
「まだ確定してないけど見当はついてるから、今回の四界会議中になんらかの報告をする」
「それは行方不明になった難民の居場所が分かっているということか?」
ハウストが厳しい口調で聞きました。
ゼロスも重く頷きます。
「まだ確信はないけど、冥界のことだから」
「それは、こうなるまでお前は探す気がなかったということか?」
「だって大変そうだったし」
その質問に対してはゼロスが甘えた口調で答えました。
そんなゼロスにハウストは「甘えるな」と目を据わらせましたが、私はそれを見て確信する。
これは……嘘ですね。
『大変そうだったから』というのが嘘。大変だったからではなく、意図的に探さなかったのではないでしょうか。
でも今は何も言わずに目の前の会話を見守ります。
ハウストは少し呆れながらもゼロスに聞きます。
「四界会議は明日で終わりだ。間に合うのか?」
「あ、それは待って。それは勘弁して。会議中じゃなくて期間中。みんな第三国にいる間に解決するから。ね?」
ゼロスはお願いっと両手を合わせました。
そんなゼロスにハウストはため息をつくと、フェルベオとイスラを見ます。
「僕は期間中なら構わないよ、異形の怪物のことは気になる。解明することを優先してほしい」とフェルベオ。
「俺も同意見だ」とイスラ。
「ありがとう~! さすが精霊王と兄上、僕がんばるからね!」
ゼロスが元気に意気込みます。
それはいつものゼロスなのに、いつもと違って見えるのはきっと気のせいではありません。
でも今は異形の怪物が出現した謎を解明することが先決。
こうして異形の怪物の一件はゼロスの報告を待つことになりました。
その日の夜。
私は第三国にある魔王の離宮にある居間で夜のひと時を過ごしていました。
四界会議中にクラーケンが出現する事態になりましたが、ハウストたちが討伐してくれて事なきを得ました。
でも異形の怪物が出現したことは一大事です。この一件についてはゼロスが解明することになりました。そのため、現在ゼロスは冥界に行っているわけですが。
「ゼロスは大丈夫でしょうか」
私は窓から夜空を見上げました。
今頃ゼロスは冥界でなにをしているのでしょうか。大丈夫だと分かっていますが、親の私が心配するのは当然ですよね。
それなのにもう一人の親は意地悪を言う。
「大丈夫に決まってるだろ。ゼロスは冥王だぞ? 冥界でなにがあるんだ」
ハウストは心底不思議そうに聞いてきました。
彼がこういう反応をするのは分かっていますがやっぱり面白くありませんね。
私はわざと不機嫌な顔を作ってハウストの元へ。
ソファに座っているハウストの隣に腰を下ろします。
「あなただって心配でしょう?」
「そうかもしれんが、今更だろ。それに今回の一件は冥界も無関係ではなかった。ならばゼロスが解明に動くのが手っ取り早い。お前も分かってるだろ?」
「はい……」
「ならばそんな顔するな」
「この顔はお嫌いですか?」
「いや、そそる。だが笑っている方がいい」
「ハウスト……」
少しだけ気持ちが浮上しました。
ハウストを見つめて小さく笑いかけると、彼が優しく目を細めてくれます。
部屋の雰囲気も穏やかさを取り戻して、私は隣のソファに座って難しそうな参考書を開いているクロードを見つめました。
今、居間にはハウストと私とクロードしかいませんでした。
ゼロスは冥界へ行き、イスラは政務で精霊王と会談しているのです。四界の王である精霊王と直接言葉を交わせる人間は、同じく四界の王であり人間の王であるイスラのみ。他世界の王と渡り合うことは勇者の大切な政務でした。
クロードは二人のにーさまが政務中とあって自分も参考書の気分なのでしょうね。いつもならお絵描きしたりおもちゃで遊んだり自由にすごしている時間ですから。
「クロード、なんの本を読んでいるんですか?」
「これはつぎのこうぎのさんこうしょです。よしゅうをしとこうとおもって」
「えらいですね。復習と予習はとても大切ですからね」
「はい」
クロードは大きく頷いてまた参考書を見ましたが、「そうだ!」とハッとして顔をあげました。なにかを思い出したようです。
「ブレイラ、ちょっと。ちょっときてください」
クロードが少し焦った様子で手招きします。
いったいなんでしょうか、こそこそ話しがしたいようです。
私は手招きされるままにクロードの側へ行きました。
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