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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて24

「お前もお前だ、ブレイラ。タチが悪いぞ」  少し困ったような呆れたような声。でも私を見つめる眼差しは優しいもの。  その面差しに私はくすぐったい気持ちがこみあげる。 「ハウスト、それじゃあっ」 「冥界ではイスラから離れるな。それだけは約束しろ」 「はい、必ずっ。絶対にイスラから離れません!」  私は意気込んで答えました。  イスラを見ると頷いてくれて、「大丈夫だ」と許してくれました。  こうして私とイスラの冥界行きが決まって、改めてハウストを見つめます。 「ありがとうございます。嬉しいと思ってしまう私を許してくださいね」 「ようやく笑ったな」 「あなたのおかげです」  ハウストはふっと笑うと私をそっと抱き寄せてくれました。 「俺はお前に弱いんだ」 「愛してくれて、ありがとうございます」 「当たり前だ」  当然のように言うとハウストが私の頬に口付けてくれます。  嬉しくなって私からもお返しの口付けを一つ。  近い距離で見つめ合って、名残り惜しさにハウストの頬に頬を寄せました。いつまでもこうしていたいけれど……。 「ハウスト、行ってきます」 「ああ、気を付けて行ってこい。イスラの言うことをちゃんと聞けよ?」 「え、それどういう意味ですか? 親は私なんですけど」  ハウストの余計な一言に反応してしまう。無視できない一言でした。  ハウストが面倒くさそうに顔を逸らしますが、ならば彼の顔の正面に回り込むまで。逃がしませんよ。 「どういう意味ですか?」 「どういう意味だろうな」 「私が親だということ、分かってます?」 「分かってる分かってる」  あ、投げやりな返事。これは面白くない返事ですね。  私は言い返そうとしたけれど、その前にイスラが苦笑しながら割り込みました。 「ブレイラ、その辺で切り上げろ。冥界に行くんだろ?」 「あ、そうでした。仕方ないですね、今回は見逃します」 「それはありがとう。感謝しよう」  ハウストがそう言ってニヤリと笑うと、私をイスラの方へ促しました。 「ではハウスト、行ってきます」  そう言って私がお辞儀すると、「後は頼んだ」とイスラも片手をあげる。  こうして私とイスラはハウストに見送られて冥界へ転移したのでした。 ◆◆◆◆◆◆  翌朝。  就寝していたクロードはいつもの時間に目覚めた。 「うーん……。……おはようございます」  眠い目を擦りながらベッドからむくりっと起き上がる。  クロードは寝坊せずに一人で起きられる優秀な五歳児なのだ。 「クロード様、おはようございます。失礼してもよろしいでしょうか」  すかさず扉の外から女官に声をかけられた。  クロードの就寝中も扉の外には護衛兵士と世話役の女官が控えているのである。  今よりまだ幼い頃のクロードはハウストとブレイラと同じ寝所で眠っていた。目を覚ますとブレイラが起きていて、「おはようございます。よく眠れましたか?」とおはようのちゅーをしてくれた。朝陽を背にして甘く微笑む姿はとっても綺麗で、クロードは朝からとっても嬉しい気持ちになるのだ。  その後はブレイラに手伝ってもらいながら、ブレイラが選んでくれたレースたっぷりのパジャマを脱いで、これまたブレイラが選んでくれたリボンとフリルがたっぷりのシャツを着るのである。ブレイラが「ステキですよ」と目を細めるので、これが子どものステキな装いというものなのだ。  しかし今は違う。クロードはなんでも一人でできる優秀な五歳児に成長した。もう赤ちゃんじゃないのだから朝の身支度だって一人で完璧にできる。 「おはようございます。わたしはひとりでだいじょうぶです」 「畏まりました。ここに控えておりますので、なにかあればなんなりとお申し付けください」 「わかりました」  クロードはベッドから降りるとさっそく身支度を開始だ。  パジャマを脱いで服を着替える。襟を飾るフリルたっぷりのリボンネクタイをきゅっと結んで鏡の前で要チェックだ。 「かんぺきにきがえました! ……ん? ああっ、ななめになってます!」  パッと両手で前髪を隠した。  そう、寝ぐせで前髪が斜め分けになっていた。子ども特有の丸い額が丸見えだったのだ。  クロードは慌てて鏡台の前に座った。 「こうして、こうして、こう。こっちはこう」  鏡台の前にちょこんと座り、ヘアブラシを握って真剣な顔で前髪をいじる。生え際が斜めなのでなかなかまっすぐにならないが、『よいこのへあわっくす』を使えば完璧にセットできるのだ。 「……よし、かんぺきです」  クロードは満足してうんうん頷いた。  これで朝の身支度は完璧だ。五歳だけど赤ちゃんじゃないのでなんでもできるのだ。クロードは第三国に来てからもとっても頑張っている。  次は寝所のカーテンを開けると、視界いっぱいに広がった大海原の景色にパアッと顔が明るくなった。朝陽の下でキラキラ輝く大海原はまるで宝石箱のようだ。  もうすぐみんなで海水浴だと思うとワクワクで胸がいっぱいになる。 「あ、きょうもチェックです!」  棚からノートをとりだした。  このノートは家族のチェックノート。  クロードは海水浴が楽しみすぎて、予定通り海水浴ができるように家族全員の生活をチェックしているのだ。第三国に来てから毎日チェックノートをつけている。

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