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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて26

「ちちうえ、どうしてですか! どうしてブレイラとイスラにーさまはめいかいにいったんですかあああ~~!!」 「おい、朝から騒ぐな……」 「いやです、さわぎますっ。ちちうえ~~!!」  クロードは椅子に座っているハウストの足にしがみついた。  ハウストを見上げて「どうしてですか! どうしてですか!」と訴える。 「そうだ! いまからわたしたちもめいかいにいきましょう! いまからならまにあいます!」  そう言って「はやく! はやく! ちちうえはやく~~!」とハウストの足をグイグイ引っ張って連れていこうとする。もちろんハウストは微動にもしないが。  そんな末っ子の必死な様子にハウストは困惑していた。  昨夜ブレイラとイスラを見送った時は呆れながらもブレイラらしいことだと思った。いつもの政務ならブレイラもゼロスを追って冥界に行ったりしないが、今回は異形の怪物が絡んでいたのでどうしても気になったのだろう。心配でないはずないがイスラが一緒なら大丈夫だ。  だが、ぜんぜん大丈夫じゃなかった子どもがここに一人……。 「クロード、少し落ち着け」 「それじゃあ、どうしてブレイラとイスラにーさまはめいかいにいったんですか!? わたしもいきたいです!!」  クロードがハウストの足にぎゅう~っとしがみ付いている。  離そうと服を引っ張っても「は~な~れ~ま~せ~ん~~!」と足に抱きついて離さない。まるで駄々っ子だ。 「おい、クロード」 「どうして、どうしてブレイラはめいかいにいっちゃったんですか!? あ、もしかしてちちうえがおこってたからですか!? ブレイラはちゃんとごめんなさいってしたじゃないですか! それなのにちちうえがおこったから~~!」 「どうしてそうなるんだ……」  ハウストは天井を仰いだ。  こうして末っ子を足に引っ付けていると思い出すのは数年前のこと。  ひょんなことからブレイラが不在になり、ハウストは幼いイスラとも幼いゼロスともそれぞれ留守番したことがある。  幼いイスラとはブレイラを探して異界で冒険したが、幼いゼロスとは今回のように魔界で留守番だった。兄弟それぞれ状況は違ったが、それでも共通しているのはブレイラをとにかく恋しがったということだ。 『ハウスト、ブレイラはどこだ! オレもいく!』と暴れ出した幼い頃のイスラ。 『ブレイラどこっ、どこにいるの!? ちちうえ~、ぼくにいじわるしちゃダメでしょ~~!』と怒ったり泣いたりした幼い頃のゼロス。  寂しがる息子たちにとにかく手を焼いたのを覚えている。  当時はどうしてそんなにブレイラを求めるのかよく分からなかったが、今ならはっきり分かる。どうしてとかなぜとかそういう問題ではないのだ。ただ無条件に一緒にいたいだけなのだから、そこに理由はない。それはクロードも同じなのだ。 「クロード」  ハウストは改まってクロードを見た。  足にしがみつくクロードの頭にぽんっと手を置くと期待の眼差しになる。 「つれてってくれるんですか!?」 「誰もそんなこと言ってないだろ」 「どうしてですかあああああ~!!」  クロードが嘆いて突っ伏した。  嘆いてプルプルする末っ子にハウストはため息をつく。  いつまでもこうしてはいられない。とりあえずこういう時は慰めるのが正解だろう。 「クロード、そうじゃない。ブレイラとイスラは……ゼロスを迎えに行ったんだ」 「え……?」 「海水浴、楽しみにしてるんだろ?」 「はい……」 「だから、海水浴に間に合うようにゼロスを迎えに行ったんだ」 「…………ほんとうですか?」 「本当だ」  ハウストは神妙な顔で頷いた。嘘ではない。微妙に違うが広義に解釈すれば正解のはずだ。 「……ほんとにほんとにほんとうですか?」 「本当だ。海水浴に間に合わなかったら嫌だろ?」 「そうですけど……。……わたしがこどもだとおもってごまかしてませんか?」 「…………」  鋭い。  さすが次代の魔王。五歳児ながらいろいろ考えている。 「ちちうえ?」 「大丈夫だ、そんなつもりはない。俺を疑うのか?」 「そんなことないですけど~……」  じーっ。  クロードがじーっとハウストを見つめる。  でもこんなところで親子で見合っていてもなにも始まらない。 「……わかりました。ちちうえがそういうなら。でもあしたまでにかえってこなかったらむかえにいきましょう」 「明日までしか待てないのか」 「まてません」 「……お前、そういうとこブレイラに似てるな」 「ありがとうございますっ」  クロードが顔を輝かせた。  両方の頬を両手でおさえて「ちちうえがにてるっていいました!」と嬉しそうだ。  ハウストは顔が似ていると言ったつもりはなかったのだが、クロードは大好きなブレイラに似ていると言われて嬉しいようだ。  こうして父上ハウストと末っ子クロードのお留守番が始まるのだった。 ◆◆◆◆◆◆ 「結局ここにゼロスはいませんでしたね」 「そうだな」  私とイスラは冥界の玉座がある神殿で朝を迎えました。  昨夜イスラと一緒に冥界に転移し、私たちが最初に訪れたのは冥王ゼロスの玉座の神殿です。  ここにゼロスも来ると思ったので私とイスラは神殿で一泊したのですが、朝になっても姿を見せることはありませんでした。  仕方がないので神殿を降りて探しに行くことになりますが。 「……ゼロスとはちょっとお話しが必要そうですね」  私は神殿にあるゼロスの部屋を見て目を据わらせました。  そこは頭を抱えたくなるほど散らかっていたのです。  書物は乱雑に積み上がり、脱いだままの衣装がソファの上で山になっている。  ゼロスは幼い頃からそういうとこありましたが、ちっとも変わってないのですね。自分の部屋は自分で整理整頓するように教えていたのに。

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