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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて27
「まったく困ったものです」
今から掃除したい。
この乱雑に積みあがった書物を本棚に収めて、散らかった衣装を洗濯して片付けて、床を掃いて窓を水拭きして……。いつものように掃除がしたくてウズウズしてしまう。
私はたまに冥界の神殿に来ますが、抜き打ちで来ると高確率で神殿のゼロスの部屋は散らかっているのです。
そんな時はもちろん掃除。ゼロスはもちろん、一緒に来ていたクロードも「ゼロスにーさま、ダメじゃないですか~」と手伝ってくれます。三人でエプロンと三角巾を被り、箒と雑巾を持って緊急大掃除ですよ。
「ブレイラ、今日は掃除する時間はないぞ」
背後からイスラに声を掛けられました。
イスラは部屋の惨状に呆れながらもゼロス探しを優先です。そうですよね、せっかく冥界に来たのに目的を忘れては意味がありません。
「分かりました。行きましょうか」
「ああ」
私とイスラは玉座の神殿を出ました。
ここは冥界全土を見渡せる岩柱の頂上。壮観な絶景が広がって感嘆のため息をつく。
「創世期の世界は激しく変化し続ける過酷な世界ですが、生命力にあふれた美しい世界です。来るたびに景色が変わります」
「ああ、あの山脈は以前より少し高くなっているな。稜線の傾斜が急になっている」
「はい。あっ、ほらあちらの急流も流れが変化していますね。湖も大きくなったような」
私たちは冥界を見渡して以前と変化したところを挙げていきます。
でも肝心なゼロスが見つかりません。
「ゼロスはどこにいるんでしょうか。イスラ、分かりますか?」
「そうだな、魔力を使ってくれれば早いんだが……」
イスラはそう言いながら冥界を見渡します。
そして意識を集中してゼロスの力を探索する。広大な世界でたった一人を探索するのは骨が折れる作業ですが、冥王ゼロスは無尽蔵の魔力を持っているのでゼロス本人が隠れようとしていなければ感知することが可能でした。
「あの辺りに感じるな、行ってみるか。ブレイラ、少し我慢しろよ?」
そう言ってイスラが私を横抱きにしました。
この体勢に真顔になってしまう。
「…………飛び降りるのですか?」
「ああ、飛び降りる。その方が手っ取り早い」
「そうですけど……。うぅ、仕方ありません。よろしくお願いします」
「ああ。大丈夫だから俺に掴まってろ」
そう言ってイスラが私を横抱きにしたまま絶壁へ。
初めてではないけれど地上は遥か眼下の光景に目眩がしそう。
岩柱にも階段はありますがもちろん飛び降りた方がずっと早い、早いと分かっていますが。――――トンッ。イスラが絶壁から一歩踏みだしました。
「行くぞ」
「うっ、うぅッ~~~~!!!!」
凄まじい急落下!!
唇を噛みしめて情けない悲鳴をあげることは回避するけれど、この落下の感覚だけは何度経験しても慣れません!!
そして、――――ズドオオオンッ!!
イスラが見事な着地で地上に降り立ちました。
私に衝撃がこないように柔軟な着地をしてくれます。
「イスラ、ありがとうございます」
そう言ってイスラの腕から降りる。地上に足がつくとほっと安堵の息をつきました。
やはり自分の足で地面に立つと安心しますね。
「大丈夫そうか?」
「大丈夫ですよ。私だってさすがに慣れました」
ちっとも慣れていませんがイスラに情けない姿は見せられませんから。
でもイスラはいたずらっぽい顔で「ほんとうか?」と疑ってくる。可愛くありませんね。
「いじわるですよ?」
ムッとしてみせると、イスラが「悪かった」と目を細めて笑いました。
私もおかしくなって笑いましたが、いつまでもこうしていられません。さっそく出発することにします。
「ふふふ、行きましょうか。ゼロスを探さないと」
「ああ。こっちだ」
こうして私たちは冥界を歩きます。
イスラの足取りに迷いはありません。この方角になんらかの力を感知したのでしょう。
「ゼロスだといいんですが」
「とりあえずこっちの方角に行けばなにか分かるはずだ」
そう言って前を歩くイスラ。
私はその背中についていきますが、ふと呼びかける。
「……イスラ」
「どうした?」
イスラが振り返ってくれました。
私は少し迷いましたが気になっていることを聞いてみる。
「……今回のこと、あなたはどう見立てていますか?」
「ゼロスのことが心配なのか?」
「はい……」
ずっと気になっていたことでした。
ゼロスは冥王として政務にも取り組むようになりましたが、それでもまだ十五歳なのです。四界の王の一人として唯一無二の存在とはいえ、気を揉んでしまうことが多くあります。
特に今回は難民の不法滞在問題。ましてや法も秩序も確立していない冥界で起きている事案なのです。ゼロスは複雑で困難な判断を求められることでしょう。
そんな私の気持ちを察しているイスラは少し困った顔になりました。
でも少しして厳しい顔つきをします。
「ブレイラ、先に言っておくことがある」
「なんでしょうか」
「俺が冥界ですることはブレイラを守ることだけだ。今回の一件でゼロスの力になることはない。これはゼロスが冥王として解決すべき事案だ」
「イスラ……」
私は唇を噛みしめる。
今イスラは真摯な顔をしています。まっすぐに私を見つめる紫の瞳、それは勇者の瞳。
ゼロスとは兄弟ですが今は勇者として冥王を見届けるつもりなのでしょう。
ならば私もそれに従います。
「分かりました。勇者様のおっしゃる通りに」
私は恭しくお辞儀をして答えました。
そんな私の反応にイスラが少しだけ驚いた顔をします。
「……文句言わないのか? ゼロスのことを頼まれると思ってたんだけど」
「ふふふ、私をなんだと思ってるんですか。あなたは私の子どもですが、私の王様です。王様の言葉に逆らうことはしません」
「そうか」
イスラが嬉しそうに目を細めました。
どうやらイスラは私が怒ると思っていたようですが、失礼ですよね。私だって考えているのですよ。
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