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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて28

「それにね、あなたがそう判断したなら、それが今のゼロスにとって必要なことなのでしょう?」 「ブレイラ……」 「それなら私はそれを信じるまでです。あなたはゼロスの兄で、冥王と同格の勇者で、冥王のお師匠さまというか指導者というか、そんな存在でもありますからね」  ゼロスが三歳の時にイスラは十五歳でした。その時のイスラは勇者としての政務を始めたばかりでしたね。魔界と人間界を行き来し、勇者としての責務を果たしていました。  それと同時に、イスラは弟であるゼロスを鍛えてくれました。幼いゼロスが『あにうえがぼくにいじわるするの~!』と北離宮に逃亡してくることもありましたが、甘えん坊で泣き虫だったゼロスが剣を握って戦えるようになったのはイスラのおかげです。 「ゼロスがステキな冥王でいる為にイスラが必要だというなら必要なのです」  そう言って笑いかけました。  イスラが眩しそうに目を細めます。けれど少しいたずらっぽく笑う。 「今も手を焼かされるけど」 「今もでしたか」 「今もだ」 「ふふふ、それは困りましたね」  きっぱり答えられて思わず笑ってしまう。  私とイスラはおしゃべりしながら森の小道を歩きます。イスラのことや家族のことや人間界のこと、ちょっとした雑談や世間話も。どんな話しも楽しいのですから不思議ですね。  創世期の冥界は危険なので途中で猛獣に襲われたりもしましたが、もちろんイスラが守ってくれましたよ。  でもふいにイスラの足がぴたりと止まる。そして。 「ブレイラ、俺の側から離れるなよ?」 「えっ、……ッ、うわああああ! イスラ!?」  私の体がふわりっと浮き上がる。  イスラです。イスラが私を抱きあげて高く跳躍しました。  突然のことに驚いたけれど、――――ピカリッ! ドンドンドンドンドンドンドン!! 「ッ!!」  地上から吹き上げた強烈な爆風にイスラにしがみ付きました。  地面が光ったと思った瞬間、広範囲で爆発が起こったのです。  これは特殊工作魔法陣! 罠が仕掛けられていたということ! 「ブレイラ、大丈夫か?」 「大丈夫です。これは特殊工作魔法陣ですよね、いったい誰がっ……」 「分からない。だが」  イスラは私を片腕で抱きあげたまま、上空から地上を見下ろしました。  そして地上を撫でるようにゆっくりと手を右から左へ動かす。  ピカッ! ピカッ! ピカピカッ! ドン! ドン! ドドドドドンッ!  手の動きに連動するように地上が光り、続いて大きな爆発が起こりました。地上に仕掛けられた特殊工作魔法陣をすべて解除したのです。 「トラップを解除した。降りるぞ」 「はいっ」  上空から地上に降り立ちます。  私は警戒しながら周囲を見回しました。 「イスラ、もう大丈夫そうですか?」 「ああ、あとは仕留めるだけだ」  イスラは周囲をゆっくり見回すと、ある一点で目を止める。そこをまっすぐ見据えます。  私も見つめましたが特になにも見えません。でもイスラはなにか気付いたようで。 「ブレイラ、ちょっと待ってろ。片付けてくる」  そう言うと私を置いて駆けだしました。  あっという間に姿が見えなくなって、茂みの奥から「うわあああっ!」と男の子の悲鳴が聞こえてきます。 「離せ! 離せよ!!」 「騒ぐな」 「いててててててッ……!」  またしても男の子の悲鳴が聞こえました。  どうやらイスラが特殊工作魔法陣を仕掛けた犯人を捕縛したようですね。 「ブレイラ、もう来ても大丈夫だぞ」  茂みの向こうからイスラの声。  私は警戒しながらもイスラのところへ。 「イスラ、大丈夫ですか? って、わあああ、大丈夫ですか!?」  私はギョッとして心配してしまう。  そんな私にイスラは犯人を取り押さえながら「俺は大丈夫だ。心配してくれたんだな」と照れ臭そうな顔をしますが。……イスラ、そうじゃありませんよ。もちろんイスラのことはいつも思っていますが、今は、今は……。 「イスラ、もうちょっと、もうちょっと手加減を。まだ子どもじゃないですか……」  私は焦ってイスラと犯人のところへ駆け寄りました。  だって犯人の男の子はゼロスより少し年下の年齢に見えました。まだ少年だというのに、あまりに容赦ないというか……。  イスラは見事に犯人を取り押さえてくれたわけですが、地面に捻じ伏せて腕を捻りあげて、しかも犯人の首元には地面に突き刺さった剣の刃がスレスレです。少しでもみじろぎすれば首がザックリいく仕様になっていました。  しかしイスラが拘束の腕を緩めることはありません。 「ブレイラ、こいつを舐めないほうがいい。これだけのトラップを一人で仕掛けたんだからな」 「そうですが……」  たしかに一人で複数の魔法陣を仕掛けることは簡単なことではありません。きっと脅威となる魔力を持っているのでしょう。  少年は捻じ伏せられながらもイスラを睨んで声を荒げる。 「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! 今すぐ離せっ、お前なんかすぐにブッ殺してやる!!」 「いい度胸だ。殺すか」 「ッ、痛い痛い痛い痛い痛いッ!!」  少年は威勢よく怒鳴ったもののすぐに悲鳴を上げました。  イスラが少年の腕をさらにぎりぎり捻りあげたのです。容赦なさすぎです。 「イスラ、落ち着いてっ。もうちょっと力を緩めてあげてください」  私はイスラにお願いすると、地面に膝をついて少年の顔を覗き込みます。  やはりゼロスより少し年下の様子、おそらく十三歳くらいでしょうか。鋭い顔つきと警戒心の高さは年不相応のものですが、それでも顔にはあどけなさを残しています。私、この顔つきを知っています。せいいっぱい生きてきた子どもの顔です。 「大丈夫ですか? ケガはしていませんか?」  少年を見つめて優しく話しかけました。  だけど。 「なんだテメェ! 偽善してんじゃねぇ! お前、魔力無しでめちゃくちゃ弱ぇだろっ。弱ぇヤツに庇われたってムカつくだけなんだよ!」 「あ、生意気な。そんなこと言うんですね」  コラ、と少年の鼻をきゅっとつまんでやりました。  少年は頭を振って私の手を振り払いたいようですが、無理ですよね。イスラの剣が首元スレスレの位置にありますからね。

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