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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて30
「ごめんなさいごめんなさい! お願いですっ、僕たちを捕まえないでください!! ゆるしてくださいっ!! えいいいい~!!」
「あ、まずい」
洞窟内に無数の攻撃魔法陣が出現した。
強力な水流魔法がゼロスに襲いかかり、さらに強力な雷撃魔法で追撃された。水で襲ってからの雷撃。気弱な少年から発動されたとは思えぬ殺意の高い連続攻撃だ。
洞窟の壁が衝撃で崩落し、もうもうとした砂埃がたちこめる。
少年は涙を浮かべてゼロスがいた場所を見つめる。今は砂埃で見えないけれど、あの強力な連続魔法攻撃を受けて生きているはずがない。
「……ああ、殺してごめんなさい」
少年は申し訳なさそうにぽつりと呟いた。が。
「――――なんですぐ攻撃しちゃうかなあ。まずは話しあいじゃないの?」
「え?」
少年は唖然とした。
だってそこにはゼロスが立っていた。しかも傷一つ負っていない。
「まずは話しあい。分かる? は・な・し・あ・い」
ゼロスが呆れた調子ながらも言い聞かせるように言った。
しかし少年の方はそれどころではない。殺す気で攻撃したのだ。実際、殺したと思った。
それなのになんのダメージも与えられていなかったのである。
「そんな、生きてる。どうして……?」
「どうしてって、僕が君より強いからでしょ」
「ッ、もう駄目だ。殺される、せっかく、せっかく……っ。お願いします、僕たちを見逃してください!!」
少年はそう言ってまた魔力を発動しようとする。
でもその寸前、――――ガクリッ、少年がその場で崩れるように膝をついた。
少年はガクガク震えて目の前のゼロスを見上げる。
少年は力を封じられたように魔力が発動できない。そう、ゼロスの圧倒的な力が圧力となって少年の魔力を制圧したのだ。
「もう攻撃はできないよ。話し合いが先だって言ったでしょ?」
ゼロスは制圧しながらもニコリと笑いかけた。
笑顔は傷付けるつもりはないという意志表示だったが、少年は恐怖に顔を歪ませてしまう。
ゼロスが大丈夫だと宥めようとした、その時だった。
「――――ルカ!!」
突然、洞窟に別の少年が飛び込んできた。
ゼロスは驚いて目を丸める。
「ええっ、同じ顔!?」
そう、飛び込んできた少年はゼロスが捕まえている少年と同じ顔。
しかもその後ろから追いかけてくるのはイスラとブレイラ。
「ええっ、どうして兄上とブレイラがいるの!?」
想定外の連続にゼロスは驚きっぱなしだ。
だがそうしている間にもルカと呼ばれた少年は「にーちゃん!!」と叫んでゼロスの前から駆け出していく。
そして二人の少年の距離が近づいたと同時に、少年たちの魔力が爆発的に膨れ上がる。
洞窟には無数の魔法陣が出現し、そこから召喚されたのは――――異形の怪物だった。
第三国にある魔王の離宮。
執務室では魔王ハウストが政務を行なっていたが。
「ちちうえ、このとけい、いつもよりおそくないですか?」
「遅くない、いつも通りだ」
「そんなことないとおもうんですけど……。ほら、ここのながいはりとか」
「いつも通りの速さだ」
「そんなことないです。よくみてください」
「…………」
「ほら、ここですよここ。ちゃんとみてますか?」
「…………」
ハウストの眉間の皺が深くなる。
しつこい。とってもしつこい。前例があるので子どもとはしつこいものだと分かっていたが、末っ子も前例に漏れずしつこかった。
「……クロード、いい加減にしろ」
ハウストが低い声で言った。
その声にクロードが拗ねた顔で唇を噛みしめる。父上に怒られるのは怖いのだ。
「うぅっ。……なんでそんなこわいこえでいうんですか。やさしいのがいいです。ブレイラみたいな」
「……あれはブレイラだから出来るんだ。あれを世間の標準だと思うな。だいたいな、どうしてこの状況で俺が優しく声を掛けると思えるんだ」
ハウストが呆れた顔で言った。
そう、この状況。今ハウストの執務室には側近士官や高官がいるわけだが、そこにクロードの姿まであった……。
どうしてこうなるんだ……。ハウストは天井を仰いだ。
本日、本当なら四界会議二日目が行なわれているはずだった。しかし異界の怪物が出現し、冥王と勇者が急遽冥界へ行ったのである。そのことから四界会議二日目は勇者と冥王が帰還するまで延期されることになった。
帰還予定は明日ということになっているので、本日の魔王ハウストと精霊王フェルベオはそれぞれの離宮で政務となったのだ。
そこまではよかった。そこまでは四界会議の予定がずれこんだだけの話しだからだ。
だが、この目の前の状況は認めたくない。
「ちちうえはそういいますけど、とけいがはやいの、ダメだとおもうんです。ちゃんとなおさないと」
クロードがいた。
昨日まで日中は自分の部屋で過ごしていたが、今日は違っていた。
自分が留守番だと発覚してから朝からなにかとハウストの周りをうろちょろするのだ。
「もうすぐよるだとおもいます」
「そんなわけないだろ。まだ昼だ」
「そういいますけど、このとけい、ながいはりがおそいです……」
「時計は壊れていない。直す必要もない」
「そんなことないとおもうんですけど……」
「お前の気のせいだ。話しが終わったら部屋に戻ってろ」
「……はい」
クロードは扉にとぼとぼ歩いていく。
小さな後ろ姿はしょぼんと項垂れたもので、もしここにブレイラがいれば『待ってください、クロード! よく見たら壊れていたかもしれません!』とかなんとかクロードを慰めていたことだろう。そうされるとクロードも調子に乗って『わたしもそうおもってたんです!』となって盛り上がるのだ……。
だがハウストは違う。
ハウストとてクロードのしょぼんとした後ろ姿を可哀想だと思わなくもないが、ここで甘い顔をするつもりはない。魔王として父親として、世の中は甘くないということを幼い息子に教えなければならない。なんでも思い通りにいくと思ったら大間違いなのだ。
「ちちうえ、しつれいしました……」
「ああ、部屋で遊んでろ」
「はい。ちちうえ、せいむがんばってください……」
ぺこり、クロードはお行儀よく頭を下げると執務室を出て行った。
こうして執務室から子どもが立ち去り、また静かな政務の時間が戻ってくる。
ハウストは集中して執務を行なっていたが、十五分後。
――――コンコンコン。
扉が小さくノックされた。
扉が少しだけ開いたかと思うと、細い隙間からクロードが覗く。
「ちちうえ、いますか? ようじがあってきました」
「お前……」
ハウストは頭を抱えた。本日七回目のクロードの用事である。
そう、今日はクロードがなにかと用事を作っては執務室を訪ねてくるのだ。さっきは時計が壊れてます案件、今度はいったいなんなのだ。
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