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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて31
「今度はなんだ」
「だいじなごようです。しつれいします」
ぺこりとお辞儀して執務室に入ってきたクロード。
こういうところはお行儀がいい。ブレイラの躾と教育の賜物だろう。
だが、ハウストの書類の上に遠慮なく自分のプリントを置く図々しさもある。
「ちちうえ、これにサインしてください」
「なんだこれは」
「こだいもじのがくしゅうプリントです。かんぺきにできました」
どうやら学習プリントに保護者のサインが欲しいようだった。
プリントは古代文字の講義のものだが、この保護者チェックシートはブレイラがわざわざ作ったようだ。ブレイラのサインと一緒に『とてもていねいにかけました』『よくがんばっていますね』などとメッセージが添えられている。
……なんだこれは。
ハウストも幼少期は次代の魔王として城で教育を受けていたが、こんなのは知らない。こんなことするのは歴代王妃の中でもブレイラくらいだろう。
「ブレイラとこんなことしてるのか」
「してます。じょうずですねってほめてくれます」
「そうか」
ハウストは内心感心しながらプリントを見た。
こういったメッセージ添えの学習プリントに物珍しさがあった。
このブレイラ仕様のプリントはクロードだけじゃない。イスラやゼロスも幼い頃はしていたのだろう。思い返せばイスラもゼロスもことあるごとにブレイラにアピールしていたのはこういう特別なことがあったからだ。
こういう時に、ハウストはブレイラに敵わないと思い知らされる。
今まで気付かなかったが、ブレイラは子どもたちとこういう何気ないやり取りを繰り返してきたのだ。その繰り返しの上に今の四界の繋がりの強さがある。繋がりの結び目にはブレイラがいる。
感心していたハウストだったが。
「ちちうえ、ちちうえ」
呼ばれた。
無言のハウストに不満そうな顔をしていた。
「なんだ」
「ここじょうずにかけてるとおもうんですけど。こことか」
「ああ、そうだな」
見れば分かる、とクロードを見るハウスト。
しかしクロードは少し困った顔でハウストを見上げる。
「じょうずにできるとブレイラははなまるをくれるんですけど……」
「…………。花丸をつけろということだな……」
そういうことかと納得した。
ハウストはブレイラの花丸を真似て花丸を描いてやった。
だがクロードはまだ納得していない顔をしている。
「……なんだ。まだあるのか」
「そういうわけじゃないんですけど。……なにもかかないんですか? じょうずにできましたとか、がんばってますねとか、いつもみてますよとか、そういうの。ブレイラはかいてくれるんですけど……」
メッセージを所望された。
おずおずした申し訳なそうな口調だが主張すべきところは主張してくる。
「……書くのか、俺が」
「かいてください。そういうのだいじだとおもいます」
ハウストは魔王だが三人の息子の父親である。末っ子のお願いを無視することはできない。できないが、ハウストは妙な緊張をした。…………書くのか、ほんとうに、この俺が……と。
内心困惑しているハウストにクロードが追加注文をつけてくる。
「ちちうえ、ここに『クロードへ』ってかいてください」
「クロードへって書くのか……」
「そうです、ここです」
ここ、ここ、とチェックシートを小さな指で差すクロード。
そこはメッセージ欄になっている。
指示されたまま『クロードへ』と書くと、今度は期待した瞳になっていた。ハウストのクロードへの気持ちをメッセージにしろというのだ。なんなんだこれは……。
今すぐ執務室から追い出したいが。
「ちちうえ、はやくしてください。なんでもいいんです」
いつも生意気に澄ましているクロードがワクワクしながら待っている。
相手は三人目の我が息子、さすがに無碍にはできない。
ハウストは今までのブレイラのメッセージを参考にしながら書き込んでみた。『よくがんばった』こんなものでいいだろう。ブレイラの半分ほどの文字量だがこういうのに文字量は関係ないはずだ。クロードもなんでもいいと言っていた。
「できたぞ。ほら」
「わああっ、ちちうえのおてがみ! ありがとうございます! なんてかいてあるのかな」
クロードはさっそく読んでみた。
読んでみた、が。
「…………え、これだけですか?」
「なんでもいいって言っただろ」
「そうですけど……。……なんでもいいは、なんでもダメなんです。ちちうえ、しらないんですか?」
「……お前、どこでそんなこと覚えた」
「ブレイラがいってました」
「ブレイラか……」
……ダメだ、相手が悪い。ハウストはなにも言えなくなる。
クロードはまた少し不満そうな顔でハウストを見る。
「ちちうえは、おるすばんをがんばってるわたしになんともおもわないんですか? クロードはおるすばんもがんばっていたとか、おるすばんをしながらしゅくだいしてえらいぞとか。いろいろあるとおもうんですけど……」
「書けということか」
「ちちうえがかんがえてください」
「…………」
あくまでハウストの意思で書かなければいけないらしい。
仕方ないのでハウストは言われるままにメッセージを書いた。
クロードの顔がキラキラ輝いて、また小さな指でメッセージ欄を差す。
「さいごは『ちちうえより』ってするんです。ここですよ、ここに『ちちうえより』って」
言われるがままに『ちちうえより』でメッセージをしめた。もうそろそろ解放してほしい。
「はいちちうえ、じょうずにできました」
なぜか褒められた。
クロードは満足そうに花丸とメッセージが添えられた学習プリントを見る。
「ブレイラがかえってきたらみせてあげるんです! わたしのこと、すごいってぜったいほめてくれます!」
クロードが誇らしげな顔で言った。
どうやらブレイラに見せる為だったらしい。やはり留守番は寂しいのだろう、ずっとブレイラや二人の兄のことを考えているようだ。
ハウストも父親としてもっと構うべきかもしれないが今は政務中である。しかもハウストは魔王、一時の情に流されて政務をおろそかにすることはできない。
「もう用事は終わっただろ。部屋に戻ってろ」
「はい、しつれいしました」
クロードは名残り惜しそうにしながらも、ぺこりと頭を下げて部屋を出て行く。
ハウストに静かな政務の時間が戻ったが、十五分後。
――――コンコンコン。
扉が小さくノックされた。
扉が少しだけ開いたかと思うと、細い隙間からクロードが覗く。
「ちちうえ、いますか? ようじがあってきました」
「…………」
ハウストは頭を抱えた。
本日八回目のクロードの用事だった…………。
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