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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて34

「……盗賊のアジトに監禁されていた時、そこで古い魔導書を見つけたんです。盗賊がどこからか盗んできたものみたいでした」 「それを読んだんですね」 「はい。そこに召喚魔法陣が描いてありました。なんの魔法陣か分からなかったんですが、とても強そうだったから、覚えたら逃げられると思って……」 「そうでしたか。頑張りましたね」  ほんとうはね、その魔導書の魔法陣は覚えるべきものではありませんでした。  おそらく魔導書は禁書に分類されるものでしょう。本当なら禁書の魔法陣を覚えると罰せられてしまうのですが、私はこの子どもたちを責めることはできません。だって、生きるために必要としたことなのですから。  双子はこの力を使って盗賊から逃げてきたのです。今も二人は追っ手から逃げようと必死なのです。  皮肉なものです。この魔法陣を発動させるほどの力があるから狙われるのに、この力があるから生き残れました。  私は「よく話してくれました」と双子を慰めながら、イスラとゼロスを見つめます。二人は険しい顔をしていました。 「魔導書か……。気になるな」 「うん、今も盗賊のアジトにあるのかな。回収しないと」 「俺も同行しよう。気になることがある」 「兄上も来てくれんの? 助かるー」 「お前の手伝いに行くわけじゃないぞ」 「ええー」  ゼロスは拗ねた顔をしましたが、また双子に質問します。 「もう一つ聞きたいんだけど、第三国に怪物を召喚したのは君たちで間違いない?」 「……はい。第三国はどこの世界でもないって聞いたから、人を追い出して、ぼくたちだけの場所にしようって」 「あらら、それで第三国に異界の怪物を大量に召喚したわけか」  ゼロスが苦笑しました。  双子のそれはある意味とても子どもらしい思い切った発想です。でもそれは明らかに罪というもの。  この双子は現在『冥界への不法侵入』『禁書の魔法陣発動』『第三国への攻撃』という三つの重大な罪を犯した罪人とういうことになります。  ゼロスは少し困った顔をしながらも、双子にはっきりと告げる。 「今からリオとルカを第三国に連行する。冥界に君たちを置いておくことはできない」 「そ、そんなっ。それって逮捕ってことですか……!?」 「クソッ! だから嫌だったんだ!」  リオがゼロスに殴り掛かろうとしたけれどゼロスは軽くいなして拘束します。 「はいはい、抵抗とか無駄だから。今から第三国に行こうね」  ゼロスは軽い口調で言うと転移魔法陣を発動します。  こうして私たちはリオとルカを連れて第三国へと戻るのでした。 ◆◆◆◆◆◆  第三国・魔王の離宮。  今、ハウストとクロードは広間で昼食を食べていた。  クロードは昼食を食べながらもチラチラとハウストを見ている。「ごちそうさまでした」と両手を合わせてご挨拶したと思ったら。 「ちちうえのおひるはじゅうにじ。ぜんぶたべました。きょうもげんきです、と。よし、じょうずにかけました」  クロードは父上情報をチェックノートに書きこむ。  本当はブレイラとイスラとゼロスのこともチェックノートに書きこみたいが不在なので仕方がない。  クロードは満足そうにチェックノートを見つめる。 「ちちうえはだいじょうぶですよ。たのしみですね」 「…………さっきからいったいなんなんだ」  ハウストの眉間に皺が寄る。  さっぱり意味が分からない。  しかしそんなハウストの反応すらクロードはまたチェックノートに書きこむ。 「……ちちうえ、こわいおかお。おひる、きらいなものがあったようです」 「どうしてそうなる。俺は嫌いな食べ物はない。そうじゃなくて、俺はなにをいちいち書いてるんだと聞いてるんだ」 「もうすぐみんなでかいすいよくですから、だいじなことです」 「なにを言ってるんだ……?」 「ちちうえがこわいおかおしたのは、あとでブレイラにおはなししときます」 「それはやめろ」  ハウストは即座に答えた。  だがやっぱり意味が分からない。この末っ子はいったい何をしているのか……。息子も三人目だが五歳児の考えていることは分からない。  いやクロードだけではない。イスラもゼロスも子どもの時はなにを考えているかさっぱり分からなかった。  子どもとはこういうものかとハウストは食後の紅茶を飲みながらクロードを見ていたが、ふと侍従長が側に来た。 「魔王様、王妃様とイスラ様とゼロス様が冥界からお戻りです。しかしながら」 「ええっ! ブレイラとにーさまたち、かえってきたんですか!?」  クロードが侍従長の報告を遮って大きな声をあげた。  我慢できずに椅子からぴょんっと飛び降りる。 「わたし、おむかえにいってきます!!」 「待てクロード!」  ハウストは呼び止めたがクロードの耳には届かない。  ぴゅーっと広間を飛び出したクロードはブレイラ達がいる前庭の庭園に走っていった。  見送ったハウストは頭が痛い。 「あいつめ……」  なぜなら侍従長の報告の続きは……。  クロードは長い廊下を抜け、広い回廊を走った。  途中で士官や女官とぶつかりそうになったけど、だいじょうぶ。「おどろかせてごめんなさい!」をしてちゃんと避けたから。  クロードは嬉しかった。  だって本当ならブレイラたちが帰ってくるのは明日だったのだ。それなのに今日帰ってきてくれた。きっとクロードに早く会いたくなったからだ。きっとそうだ。  クロードは回廊を駆け抜けると広い前庭に飛び出した。そこにブレイラ達がいる。 「ブレイラ、イスラにーさま、ゼロスにーさま、おかえりなさい!! …………え?」  しかし、クロードは立ち止まった。  そこで目にしたのは、ブレイラ達を武装した警備兵たちが取り巻く物々しい光景だったのだから。 ◆◆◆◆◆◆

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