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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて35
こうなることはね、分かっていたんですよ。
冥界から第三国へ転移した途端、私は武装兵士に取り囲まれました。いえ取り巻かれているのは私ではなく、冥界から連れてきた双子ですね。
この双子は現在重罪人という立場でした。しかも異形の怪物を召喚したことは重大問題で、第三国に戻れば拘束されることは分かっていました。
「お前たちを拘束する! 抵抗するな!」
「不審な動きをすれば子どもだろうと即座に反撃する!」
武装兵士の怒号にリオとルカが怯えて縮こまる。
リオは強気に睨むけれど、武装兵士の強制的な動きに不安を隠しきれていません。剣の切っ先が二人を取り囲んでいるのです。
私が巻き込まれないように側にはイスラとゼロスがいてくれるけれど。
「――――剣を収めなさい」
静かな声色で言うと、一歩踏み出してリオとルカの前に立ちました。
私の言葉に武装兵士達は動揺しますが、ゆっくりと兵士達を見回します。
「そんなに殺気立っては子どもたちが怯えてしまうじゃないですか」
「王妃様、その二人の子どもから離れてください」
「その双子は重罪人、連行して尋問する必要があります」
武装兵士は私を気遣いながらもそう言いました。でも一歩も引きません。
この武装兵士は任務を遂行しているだけだと分かっていますが、今ここを動くつもりはありません。
そんな私にルカが震える声で聞いてきます。
「……王妃様って……。あ、あなたは何者なんですか?」
私はリオとルカを振り返り、ゆるりと笑いかけました。
「ブレイラと申します。ふふふ、さっき自己紹介したばかりじゃないですか、もう忘れてしまいましたか?」
「ブレイラ……? もしかして、あの魔界の王妃様のブレイラ様……っ」
ルカがあんぐりと私を見つめて言いました。
リオも驚愕に目を見開いていました。
双子はそっくりな顔で「うそだ……」と言わんばかり。どうやら今まで気付いていなかったようですね。
あんぐりとしたまま「まさか勇者様と冥王様……」とイスラとゼロスを見ていました。
こうして私の存在に武装兵士達は困惑して動きを止めてくれます。膠着した状態になりましたが、その時、鋭い声が割って入ります。
「ブレイラ、自分が何をしているか分かっているのか」
ハウストでした。
騒ぎにハウストが出てきたのです。
ハウストは厳しい顔で私と、私が庇っている双子を見ています。
私も静かにハウストを見つめ返しましたが、彼の近くには小さな影。クロードです。クロードが不安そうな顔になっていました。
ああ今すぐクロードの側に行きたい。不安そうなクロードを抱っこして「ただいま帰りました」と優しく声を掛けてあげたい。
でも今はそれが出来ません。
ハウストは険しい顔で私に問います。
「その双子が何者か分かっているはずだ」
「もちろん分かっています。そのうえで、私の名においてリオとルカをしばらく保護します」
私の宣言に場がざわめきました。
その中でハウストが私を見据える。
「本気か?」
「本気です」
ハウストがスゥッと目を細めました。どうやら怒らせてしまったようです。
私だってそれがどういうことか分かっているのです。
魔界の王妃の保護下に入れば双子をおいそれと連行することは不可能。私の許可がなければ手出しできなくなるのです。
でもそれは私にとって諸刃の刃のような手段でした。
だって魔界の王妃の保護下は堅固な要塞に入るのと同義、しかしそれをものともせずに突破する存在がいるのです。もちろんそれは魔王ハウスト。
ハウストは腕を組んで険しい顔をする。
怖い顔です。リオとルカが怯えて青褪めているではないですか。
離れた場所から様子を窺っているクロードもますます不安そう。
でも今はハウストから目を逸らさない。
「魔王様、どうぞご理解ください」
今はあえて魔王と呼びました。
そんな私をハウストは黙って見ていましたが、少しして厳しい面持ちで口を開きます。
「分かった、許可しよう。ただし重罪人の二人を保護下におくというなら、その間お前を監視下に置く。――――王妃を連れて行け」
ハウストの命令に庭園がざわつきました。
ゼロスも動揺して「え、父上……?」とハウストと私を凝視します。
他にもクロードも双子も、取り巻いている武装兵士たちまで動揺していました。
当然です。魔王が王妃の軟禁を命じたのですから。
しかし魔王命令は絶対。武装兵士は私を取り囲みます。
「王妃様、失礼いたします。こちらへ」
「はい、行きましょう」
私は武装兵士に先導されて歩きだします。
連行という物々しい名目はあれど、とても丁重に扱ってくれるので有り難いですね。
リオとルカも私とは別方向に連行されていく。私と同じく軟禁状態になるのです。
「王妃様! 王妃様、どうしてこんなことを!」
「ッ、オレたちに余計なことすんな……!」
軟禁されて二人は不安になってしまうかもしれませんが、私の保護下にいるので雑に扱われることも手荒なことをされることもないでしょう。
……きっとね、きっとあの双子はまだ秘密を隠している。それは厳しい尋問をすれば暴くことができるかもしれませんが、どうしてもそれはしたくなかったのです。
私は双子を安心させるように微笑むと、次に私の子どもたちを振り返りました。
イスラは冷静に事態を見守っていてくれる。さすがイスラです。
でもゼロスは「ど、どういうこと……?」と混乱しているようでした。クロードも真っ青な顔でプルプルしています。ごめんなさい、二人に大きなショックを与えてしまいました。
私は連行されながらまたイスラを振り返る。するとイスラと目が合いました。
『イスラ、ゼロスとクロードをお願いします』
言葉には出来ないから目だけで伝える。それを汲み取ってくれたのかイスラが力強く頷いてくれました。
良かった、通じたようですね。本当に頼もしいことです。
こうして私は離宮の一室に軟禁されることになったのでした。
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