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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて36
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ブレイラが武装兵士に連行されていった。
この時から王妃ブレイラは魔王に軟禁されることになった。それというのもブレイラが双子の重罪人を保護したからだ。
理屈は分かるがブレイラが連行されていく姿にゼロスとクロードはショックを受けていた。
呆然としたゼロスだが、ハッと我に返るとハウストに猛然と抗議する。
「父上! どうしてブレイラを連れてったの!? 今すぐブレイラを解放してよ!」
今にもハウストに掴みかからん勢いのゼロス。
今でも信じられない。だって自分の父上がブレイラに軟禁命令を下したのだから。
だがハウストが冷ややかにゼロスを見据える。そして。
「分からないのか。これはお前自身が招いたことだ」
「えっ……」
ゼロスが目を見開いた。
しかしハウストは淡々と続ける。
「お前は移民者の中に特異な力を持つ者がいたと知っていた。冥界で行方不明になった後も放置した。なぜだ」
「それは……」
「いつでも制圧できると油断したな」
「…………」
図星だ。
黙り込んだゼロスにハウストは厳しい顔つきになる。
ハウストは基本的に息子たちに対して寛大である。息子たちに悩まされることは多いが、それでも多少のトラブルは鷹揚に見守るのが常だ。
だが、こと四界の王として決断しなければならない時は厳格だった。ハウストは同格の王である息子たちにもそれを求めている。
それゆえにいつにない厳しさでゼロスに言い放つ。
「驕ったか、ゼロス」
「そんなつもりはっ、……っ」
……ゼロスは唇を噛みしめた。否定しきれなかったのだ。
なぜならゼロスは知っていたから。
移民集団の中に特異な魔力を持つ少年に気付いていた。少年が冥界で行方を眩ませた後も、おおよその居場所は把握していた。でもそれを放置した。
ゼロスとしては思うところがあって放置したが、そのせいで第三国に異形の怪物が出現したのだ。たまたまゼロスたちがすぐ駆け付けることができたから全員無事だっただけで、そうなっていない可能性だってあったのだ。
「こんなことになるとは思わなくて……」
「言い訳か。制圧できるんじゃなかったのか」
…………。
返す言葉もなかった。
実際、制圧はできた。できたが、この不測の事態を招いてしまったのは間違いなくゼロス自身の詰めの甘さと驕りだ。
だが後悔しても遅い。
「…………ごめんなさい。どうすればいい? どうすればブレイラは……」
「それはお前が考えることだ。お前は冥王としてここにいる。ならば冥王として今なにをすべきか自分で考えろ」
ハウストはそれだけを言うと踵を返して離宮に戻っていく。
ゼロスは立ち尽くして見送ることしか出来なかった。
「…………」
言葉が出てこない。
ハウストの言う通りだったのだ。
双子を放置したのはゼロスの判断だ。
その判断が間違っていたとは思わない。特異な魔力を持っていた少年が何の目的で冥界に入ったのか興味があったのだ。だが浅はかだったことは間違いない。
目を閉じると連行されていくブレイラの姿が浮かぶ。
それはゼロスにとって信じ難いことだった。
魔界の魔王ハウストと王妃ブレイラはとても仲良しである。それは北離宮が王妃によって完全に統制されていることで内外にも示されたもので、家族であるゼロスの知る限りでも仲違いなどしたことはない。
ゼロスは子どもの頃、ブレイラと結婚するのは自分だと思っていた。もちろん今はブレイラと結婚しているのは父上なのだと分かっている。二人はいつも寄り添って、互いをとても大切にしているのだ。
だから、そんな父上がブレイラを連行して軟禁したことがショックだった。
「にーさま! にーさま、ブレイラがつれてかれました!」
ふとクロードが焦った顔で駆け寄ってきた。
クロードはゼロスの足にしがみ付いて泣きそうな顔で見上げる。
「にーさまどうして!? どうしてブレイラが~!」
「クロード……」
今にも泣きだしそうな五歳の弟。普段は澄ました顔で強気な態度なのに、今は連行されたブレイラを見て可哀想なほど動揺している。
その姿にゼロスは強く思う。このままではダメなのだと。
よく考えろ。軟禁されたブレイラを解放するにはどうすればいいか、冥界にとって最善とはなにか、今はゼロスがよく考えて実行しなければならない時。
ゼロスは膝をつくとクロードと目線を合わせた。
「クロード、大丈夫」
「にーさま……」
「大丈夫、またいつもみたいにブレイラに会えるよ」
「でもちちうえがブレイラを……」
「うん、そうだね。でも大丈夫、僕がなんとかするから」
「ゼロスにーさまが?」
「そうだよ。僕はステキな冥王様だから、こういう時にちゃんと頑張れるんだよね。だからクロードはここで待っててよ」
「…………。……わかりました」
「えらいえらい」
ゼロスがクロードの頭をわしゃわしゃ撫でた。
乱暴な手付きでわしゃわしゃされてクロードは大慌てだ。
「わわっ、ちょっとにーさま、かみがめちゃくちゃになりますっ……」
クロードは両手で前髪を守る。わしゃわしゃされるとせっかくセットした前髪がめちゃくちゃになるのだ。
クロードは「まったくもう、ゼロスにーさまは~」とぶつぶつ言いながら手櫛で前髪を整えると、改めてゼロスを見た。涙ぐんでいた瞳はいつもの強気を取り戻している。
「にーさま、いってらっしゃい」
「うん、いってくる」
ゼロスは頷くとゆっくり立ち上がる。
今からすべきことは、盗賊のアジトに侵入して魔導書を回収すること。そしてブレイラが保護している双子のことを調べて公明正大に裁くこと。これが冥王としてしなければならないことのはずだ。
「行くぞ、ゼロス」
イスラが声を掛けた。
それにゼロスの顔がパッと輝く。
「兄上、手伝ってくれんの!?」
「そんなわけないだろ。お前はお前のすべきことをしろ。俺は確認したいことがあるだけだ」
イスラが少し呆れた調子で言った。
やはり兄上の勇者イスラは厳しいのである。
だが、すべきことが分かればゼロスは前進する冥王である。
こうしてイスラとゼロスは第三国から転移したのだった。
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