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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて37

 第三国・魔王の離宮。  私はハウストの命令で離宮にある一室に連行されました。 「王妃様、どうぞこちらへ。しばらくこの部屋でお過ごしください。奥の部屋は寝所ですのでお休みの際はご利用ください。部屋の外には女官と警備兵が待機しておりますので、なにか不便がありましたらなんなりとお申し付けください」  そう言って女官が恭しくお辞儀しました。  私を連行した武装兵士もとても丁寧に扱ってくれて感謝しています。 「ありがとうございます。お世話になります」 「それでは失礼いたします」  女官と武装兵士が退室しました。  私は今からこの部屋を一歩も出ることは出来ません。それはとても不自由で不便なことのはずなのですが。 「不便を探すほうが難しそうですね」  室内をぐるりと見回して小さく苦笑してしまう。  私の軟禁部屋として用意されていたのは広々とした書斎でした。  本棚にはたくさんの書物が並び、テーブルには一人で楽しめるボードゲームやいろんな種類の焼き菓子。もちろん紅茶が飲みたくなったらすぐに専属の給仕係がきてくれます。  書斎には私が退屈しないようにという配慮が行き届いていました。  私に軟禁を命じたのはハウストなのに、こうして用意された部屋は彼からの愛情を感じるもので……。ああいけない、私の口元が緩んでしまう。慌てて唇を引き締めました。  今の私は魔王に軟禁された身です。今は普段よりかしこまっていなければいけませんよね。 「失礼します。王妃様、リオとルカの報告にきました」 「どうぞ」  入室を許可すると女官が部屋に入ってきます。  女官から報告書を渡され、調書を読み上げて現在のリオとルカの様子を教えてくれます。 「連行したリオとルカは東の塔の一室で軟禁しています。軟禁後、二人は入浴をして新しい服に着替えていただき、その後は食事を提供いたしました。最初は困惑していた様子でしたが完食しています」 「そうですか、ありがとうございます」  報告を聞いて安心しました。  私の保護下に置いているので軟禁下にあっても客人待遇をお願いしていたのです。私の女官たちは汲み取って希望を叶えてくれました。  あの双子の兄弟に今一番必要なことは、たっぷりの湯に入浴して良い香りの石鹸で体を清めること。陽射しが差し込む明るい部屋で清潔な服を着て、温かな食事をすること。  軟禁中ではあるけれど出来る限りしてあげたいことでした。  けれど尋問が必要な状況であることに変わりありません。私の保護下なので手荒な尋問はされていないでしょうが、幾つかの聞き取りはされているはずです。 「リオとルカはなにかお話ししてくれましたか?」 「はい、盗賊のアジトの場所を話しました。アジトには魔導書がまだあるとのことで、ゼロス様がイスラ様とともに向かいました」 「そうでしたか、ゼロスとイスラが」  イスラが同行してくれていることに安堵しました。  ゼロスは十五歳ながらステキな冥王様だけど、今は一人でいてほしくありませんでした。 「リオとルカが話してくれたのはそれだけですか?」 「はい」 「そうですか……」  視線が落ちてしまう。  でも今は顔をあげました。ここで軟禁されると決まった以上、私はここにいる事しかできないのですから。 「報告をありがとうございました。またよろしくお願いします」 「お任せください」  女官は深々とお辞儀すると部屋を退室していきました。  私は窓辺のチェアに座って長く息を吐く。  いけません、ぼんやりしていると不安ばかり膨らんでいってしまう。軟禁されたこの部屋に不自由はないけれど、なにも出来ない時間というのは厄介ですね。余計なことまで考えてしまうのですから。  気を紛らわせるように窓から臨める大海原を眺めていましたが、ふいにバタバタバタ!! 子どもが走ってくる足音が近づいてきて、そして。 「ブレイラ! どこにいるんですか、ブレイラ~!?」 「え、クロード!?」  聞こえたのはクロードの大きな声。  私を探しながらこちらに向かってきているのはクロードでした。 「クロードッ、クロード……!」 「あ、ブレイラいました! ブレイラ~!」  私は廊下に続く扉に駆け寄りました。  クロードも気付いてくれて私に向かって走ってきます。でも私に手を伸ばした瞬間、――――ガシャン!! 「ブレイ、わああっ! な、なにするんですか!!」 「申し訳ありません、クロード様。お許しください」  クロードの手は私に届きませんでした。  部屋に入ろうとしたところで、扉の前に立っていた二人の警備兵が槍の長い柄で阻んだのです。  クロードは槍の柄を掴んでグイグイ押しのけようとする。でも柄の柵はびくともしない。 「これどけてください! これ!」 「クロード様、それは出来ません。どうかお許しください」 「それじゃあ、これはめいれいです! どけるんです!」 「申し訳ありませんが、その命令を聞くことは出来ません。王妃様の軟禁は魔王様の命令です」 「うぅっ、ちちうえのめいれいっ……」  俯いてプルプルするクロード。  その小さな姿に堪らない気持ちがこみあげました。 「クロード、顔をあげてください。私はここにいますよ?」  私は少し離れた場所から声を掛けました。少しでも慰めたかったのです。  クロードは顔をあげて、私を見ると大きな瞳をじわじわ潤ませてしまう。

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