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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて38

「ブレイラ、だいじょうぶですか?」 「私は大丈夫です。だからクロードも元気だしてください」 「……げんき、でません」 「それは困りました」  ほんとうに困りました。  一歩踏みだせば届く距離なのに今は触れることが許されないのですから。 「……どうして、どうしてブレイラがこんなことにっ……」  そう言ってプルプルしているクロード。  プルプルする背中を撫でて慰めてあげたいけれど今はできなくて、「クロード……」と静かに名を呼びました。  でもクロードのプルプルは続いてしまう。 「うぅっ……。ちちうえですね、これはちちうえのせいなんですねっ……」 「……ん?」 「ゆるせませんっ……」 「んん!?」  なんだかとんでもない言葉が聞こえたような……。「あの、クロード?」と呼びかけるけれどクロードは聞いていません。  クロードは相変わらずプルプル、……いいえ違います、これはプルプルではなくワナワナ!  しかも幼い瞳はメラメラです。とってもメラメラの怒りの瞳!  そしてクロードが私に高らかに宣言します。 「ゆるせません!! わたし、ちちうえをやっつけてきます!!」 「えええっ!?」 「ちちうえをやっつけて、ブレイラをここからだしてあげるんです!! ブレイラはここでまっててください!!」 「ち、ちょっと待って! ちょっと待ってください!!」  私は慌てて引き止めようとしましたが、クロードはぴゅーっと駆けだして行ってしまいました。  私は追いかけることすら出来ずに残されます。 「クロード……」  行ってしまいました……。  クロードには可哀想なことをしてしまいました。あの子はとても賢い子どもだけど、まだ五歳なのです。私が連行される姿を見てショックを受けてしまったのでしょう。 「この部屋に不便はないと思っていたんですが……」  不便を見つけてしまいました。  とても大きな不便。ここにいては、こういう時にクロードを追いかけることが出来ないのですから……。 ◆◆◆◆◆◆  離宮の回廊。  ハウストはフェリクトールや側近士官たちを従えて颯爽と歩いていた。  第三国では四界会議期間中だが、重大なアクシデントにより中断しているのである。  会議再開はイスラとゼロスが帰還してからになるが、中断中も魔王は政務に忙殺されるのだ。  だがその時。 「――――ちちうえ~~!!」  背後からクロードの勇ましい声。  ハウストは振り返ってぎょっとする。  クロードが訓練用の木剣を振り上げ、怒りの形相で突撃してきているのだ。 「えい!! っ、わあああ!!」  スカッ! 木剣が空振りした。  クロードは勢い余ってころころ転がるも、むくっと起き上がってハウストをキッと睨む。 「どうしてよけるんですか!」 「どうして避けられないと思ったんだ」  ハウストは苦々しい顔でクロードを見下ろした。  いつも澄ました顔のクロードが癇癪を起こしたように怒っている。  こうなることは分かっていた。理由はブレイラの軟禁しかない。  それにしても次代の魔王が父親である当代魔王を背後から襲撃するとは……。  しかもクロードはまだ諦めていない。  木剣を握りしめるとまたハウストに向かって突撃してくる。 「ちちうえ、かくごしてください!! ッ、わああ!!」  ひょいっ。  突撃してきたクロードをハウストは片手で掴みあげた。  クロードは首根っこを掴まれた猫のようにぷら~んとなる。しかしまだ諦めていない。 「なんでよけるんですか!」 「だから、どうして俺が避けないと思うんだ」  ハウストは心底呆れた顔をしたが、クロードは「おかしいですね……」と真剣に悩みだす。 「だってちちうえ、このまえいってたじゃないですか」 「俺がなにを言ったんだ?」 「このまえ、ちちうえとブレイラがふたりでサロンにいたときです。ちちうえはほんをよんでいたのに、ブレイラがえいえいってちちうえにぶつかってじゃましてました。ブレイラはよけたらいいのにっていったのに、ちちうえはよけたらもったいないっていってました」 「…………」  ハウストは記憶を巡らせてすぐに思い出した。  ようするにハウストとブレイラが二人きりでいちゃいちゃしていた時のことである。  サロンの東屋でハウストが読書しているとブレイラが会いにきたのだ。二人きりだったのでブレイラも甘えたい気分になったのか、読書していたハウストをゆらゆら揺らしたりグイグイ押したり、面白がってじゃれるようにちょっかいかけてきていた。 『ブレイラ、本が読めないだろ』 『私を構うより読書の方が楽しいっていうことですか?』 『そこまで言ってないが今は読書の気分だ』 『いじわるですね。そんなに言うなら避ければいいじゃないですか』 『それは勿体ないだろ』 『ふふふ、どっちも欲しいなんて』  イチャイチャイチャイチャ。二人きりだと思ってイチャイチャしていた。  ハウストはその時のことを思い出して苦虫をかみ潰した顔になる。 「…………。……見てたのか」 「みてました!」  クロードは自信満々にキリッと答えた。  クロードはまだ五歳、どんなにクールぶっていてもブレイラの周りをうろちょろしたい年頃である。だからいろいろ目撃するのだ。 「ちちうえ、よけるのもったいないんですよね!」 「…………」  ポイッ。べちゃっ。  クロードが床にポイッとされた。 「な、なにするんですか! わたしをポイッてしたらダメじゃないですか!」  べちゃっと着地したクロードはキッとハウストを睨みあげた。  勇ましく言い返しているが赤くなった鼻を両手で押さえている。全身で着地したので顔面が痛いのだ。 「これだけで許されたことを幸運に思え」  ハウストは眉間の皺を深くした。  なにか仕掛けてくるとは思っていたが、やっぱり子どもの行動は予測不可能だった。  しかしクロードは本気である。

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