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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて41

 冷静になると見えてきた。  今なにをすべきか。ブレイラがどうして軟禁されるに至ったのかも。  ならばゼロスはやっぱり信じたい。当初信じたいと思ったままに、それを前提に決断する。 「……僕ってやっぱり甘い?」 「甘いな」 「呆れちゃった?」 「大いに」 「ええ~……」  ゼロスが拗ねたように唇を尖らせた。  その甘ったれた反応にイスラは苦笑する。思えば赤ちゃんの時からゼロスは甘えん坊だった。成長して落ち着いたところもあるが、それでもイスラからすれば甘ったれだ。基本的なところはなにも変わっていない。 「俺たちに立ち止まっている時間は許されていない。どんな答えにも対応しろ。すべての選択肢に最善の結末を用意しろ。信じるな、だが信じろ。俺たちに必要なことだ」 「……信じるな、だが信じろって、……これ矛盾してない?」 「ああ、そうだ」  イスラが当然のように答えた。  ゼロスは意味が分からない。  しかしイスラは探索を終えると部屋を出て行く。 「行くぞ、まだアジトの半分も探していない。さっさと見つけてブレイラを解放する」 「うん、それ大事なことだね」  ゼロスもイスラに続いて部屋を出て行く。  今は魔導書を見つけることが最優先。そしてブレイラの軟禁を解かなければならない。  もちろん軟禁中のブレイラが粗雑な扱いをされているとは思っていない。魔王ハウストが命令した軟禁だが、魔王はブレイラを愛している。間違いなく軟禁中の待遇も王妃に相応しい丁重なものだ。  だが……。 「クロード、大丈夫かなあ~」  末っ子クロードを思い浮かべて少し心配になった。  普段は澄ましたクール系五歳児だが、その実態は情に厚い激情型だ。赤ちゃんの頃はなにかあるとすぐプンプンしていた怒りん坊なのである。 「どうした?」 「クロードのこと。無茶してなきゃいいけど」 「あ~、あり得るな……」  イスラもクロードを思い浮かべて神妙な顔をした。  ブレイラが軟禁された理由をクロードが理解しているとは思えない。クロードからすれば父上が大好きなブレイラを突然閉じ込めてしまったという状況だ。 「…………」 「…………」  イスラとゼロスに沈黙が落ちた。  だが。 「……まあ大丈夫だろ。なにかするとしてもハウストを襲撃してるくらいだ」 「だよね」  次代の魔王が当代魔王を襲撃するという事態だが、二人は深く考えないことにした。  ハウストも父上ならなんとかしているはずだ。そうに違いない。  こうして二人は魔導書探しを続けるのだった。 ◆◆◆◆◆◆ 「ちちうえがっ、ちちうえがひどいんです~っ」  クロードが悔しそうに廊下に突っ伏してしまいました。  どうやらクロードの父上襲撃は失敗したようですね。  クロードが『ちちうえをやっつけてきます!』とぴゅーっと駆けだしてしまってから二十分後、『ブレイラ、ちちうえが~!』と涙ぐんでぴゅーっと帰ってきました。  帰ってきたクロードは私を見るなり扉の前で崩れ落ち、嘆くように突っ伏して床を拳でドンドンドンと……。父上に軽くあしらわれてとっても悔しかったようです。  私も扉の前まで来ると、ゆっくりと床に両膝をつきます。  部屋の外に出ることはできないのでここから話しかける。 「クロード、顔をあげてください。元気をだしてください」 「むりですぅ~っ。ちちうえがわたしをポイッてしたんです……!」 「可哀想に、ポイッてされたんですね。お願いです、お顔を見せてください」 「うぅ、みたいんですか?」 「見たいです」 「ブレイラがそういうなら。……どうぞ」  クロードがおずおずと顔をあげてくれました。  クロードは涙ぐんで下唇を噛みしめている。悔しそうにぎゅっと拳を握りしめてプルプルして……。ズズッと鼻を啜って泣くのをぐっと我慢しています。 「クロード、大丈夫ですか?」  ハンカチを取り出してクロードの鼻をチーンしてあげようとしましたが、……その手が止まる。  今はチーンをしてあげることも、頭を撫でてあげることもできませんでした。やはり軟禁とは不便なものですね。 「ごめんなさい。チーンしてあげられません……」 「っ、……ブレイラがごめんなさい、しないでください。だいじょうぶ、じぶんでできます」  クロードはポケットからハンカチを取り出すとチーンしました。 「上手ですね」 「かんぺきにできます」 「はい、かんぺきに綺麗ですよ」  そう言って笑いかけるとクロードもはにかみました。良かった、元気が戻ってきたようですね。  クロードは廊下で正座すると意気込みます。 「ブレイラ、まっててくださいね! さっきはしっぱいしましたが、わたしがブレイラをかいほうしてあげます! ――――そうだ! ちょっとまっててください!」  クロードはなにか思いつくとどこかへ走っていきました。  でもすぐに戻ってきたかと思うと、部屋の前の廊下に子ども用の小さなテーブルと椅子を置きました。  クロードは椅子に座ると真っ白な模造紙をテーブルに広げて……。 「あ、あのクロード? いったいなにを……」 「さくせんです! さくせんかいぎをするんです!」  クロードは力強く宣言すると『よいこのせんじゅつ』の教科書を広げます。そして模造紙にでかでかとタイトルを。 「……『ちちうえ、とうばつだいさくせん』と。よし、じょうずにかけました!」 「ク、クロード……」  どうしましょう。父上討伐大作戦を始めてしまいました。  しかも討伐メンバー欄にはイスラとゼロスの名前があります。二人のにーさまにも手伝ってもらう気満々なのです。

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