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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて44
「安心しましたか?」
「……ニヤニヤしてるぞ」
「ニコニコです」
「なにがニコニコだ。……ここで不便はなかったか?」
「ありませんよ。充分なくらいです」
そう言って微笑むとハウストが安心して頷きました。
でもすぐに不機嫌なものに戻ってしまいます。
「それにしても、知っていて俺にお前を処罰させるとはお前はひどい王妃だ」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんですが」
「必要なことだったか?」
「はい。どうしても守ってあげたくて」
迷いなく答えました。
そんな私にハウストは「あの双子か」と面白くなさそう。
今回、私が軟禁されるまでに至ったのは双子を保護下に置いたからです。ハウストはあまり快く思っていないようですね。
でも、それでも双子に対する待遇では私の希望を叶えてくれました。
「あなたには感謝しています。リオとルカを保護することを許してくれてありがとうございます」
「そんなに大事だったか?」
「はい、大切です。どうしても二人を放っておきたくありませんでした」
「……まあいい、それについてはお前の好きにしろ。それに二人もようやく取り調べに協力し始めたからな」
「えっ、あの二人が?」
「ああ、今まで黙っていたことを話しだした。おかげで広域盗賊団の大捕り物が始まるぞ」
「そうでしたか」
口元が綻びました。
リオとルカが盗賊団について新たな証言を始めたようです。
ほっと安堵しましたが、ハウストは険しい顔をしたままでした。
「どうしました? 他にもなにか」
「イスラとゼロスのことだ。今、二人は盗賊団の罠の真っ只中にいる」
「え」
驚きに目を丸めました。
イスラとゼロスが……。
「そうですか……」
それしか言葉が出てきませんでした。
複雑な気持ちでいっぱいになる。
盗賊団の罠の渦中にいるというイスラとゼロスが心配です。でも実際はイスラとゼロスなら大丈夫なのでしょう。盗賊団がどんな罠を仕掛けていたところで勇者と冥王である二人にはなんの障害にもなりません。
だから、今はそれ以上に……。
…………ゼロス。
ゼロスを思うと胸が切なくなりました。
今回の一件でゼロスは少し悲しい思いをするかもしれません……。
今すぐゼロスの側に行きたいです。あの子は寂しがりなところがあるので、側に寄り添って手を繋いであげていたい。
でも、今それは敵わないことでした。
「ブレイラ……」
ふとハウストに呼ばれます。
振り向くと複雑な顔で私を見ていました。
私の気持ちを察してくれたのですね。目を細めて、ゆっくりと首を横に振りました。
「すみません、大丈夫です。今はここでイスラとゼロスの帰りを待ちましょう」
「そうだな」
こうして私たちは第三国の離宮でイスラとゼロスの帰りを待つのでした。
◆◆◆◆◆◆
魔界の孤島にある広域盗賊団のアジト。
イスラとゼロスは要塞のような造りのアジトで魔導書を探していた。
現在アジトは無人状態で邪魔をされることはないが、広域盗賊団だけあって盗難品が山のように溢れている。なかには重要文化財と思われる宝物もあるくらいだ。
しかしどれだけ探しても目的の魔導書はない。
「うーん、やっぱりここにはないか」
ゼロスが部屋を見回して言った。
ここは二人が入った最後の部屋である。
「残念。ここで見つかってくれたら楽だったのに」
「盗賊団でもさすがに魔導書の価値は分かるらしい。行くぞ」
イスラはそう言うと部屋を出る。
ゼロスもその後に続いた。
長い廊下をイスラとゼロスが出口に向かって並んで歩く。
前だけを見据えて、大股で颯爽と歩く姿は若々しく力強い。二人は勇者と冥王であり、世界を統べる四界の王であり、そして兄弟だった。
「…………。……兄上」
「なんだ」
「僕はさ、やっぱり信じたことに後悔はないんだ。たしかにリオとルカは悪いことしちゃったけど、本当は悪い子たちじゃないよな~ってそう思った」
「そうか」
二人は会話しながらまっすぐ歩く。
出口の玄関扉が見えてきた。
「うん、今もそう思ってる。悪い子じゃなさそうだし、信じてあげたいなって」
「そうか」
「ほんとだよ。今も本当にそう思ってる。こういうのって理屈じゃないの。分かる?」
「まあ、分からんでもないな」
「でしょ? でもさ」
玄関扉に到着し、ゼロスが会話しながらカチャリとノブを回す。そして。
「でも、――――騙されちゃった」
玄関先に広がっていたのは、ゼロスとイスラを待ち構えていた無数の盗賊たち。
盗賊たちは武器を持って殺気をみなぎらせてアジトを取り囲んでいた。そう、これは待ち伏せ。盗賊団の罠である。イスラとゼロスは最初から双子に騙されていたのだ。
盗賊団の中から恰幅のいい男が前に出てくる。
男はニヤニヤした卑しい笑みを浮かべて他の男たちを従えている。どうやら首領のようだ。
「ようこそ、俺たちのアジトへ。まさかこんな若造どもがノコノコ来るとは思っていなかったが、まあいい。どこの貴族か知らねぇが、恨むならあの双子どもを恨めよ? てめぇらをぶっ殺して四界中に俺たちの名を知らしめてやる。四界会議を荒らした盗賊団として名を残すのは俺たちだ!」
首領の威勢のいい言葉に盗賊団の男たちも雄叫びを上げて呼応した。とても盛り上がっている。
どうやら盗賊団の目的は名声のようだ。財宝を存分に奪ったのなら、次は名を轟かせたいという単純すぎる欲望である。
第三国で行なわれる四界会議は四界でも特別な会議である。それを荒らして中止させ、それに関わった王族か貴族を殺すことで名を残すつもりだったのだろう。
盗賊団は興奮して盛り上がるが、もちろんイスラとゼロスが動じることはない。
ゼロスは残念そうに小さく笑った。
「……難しいね。僕、騙されちゃったみたい」
「そうだな」
「父上が怒ってたのは、こうなることが分かってたからかな……」
「どうだろうな。だが予想はしてたんじゃないのか?」
「ブレイラが双子を保護したのは許可したよ?」
「ハウストはブレイラに甘いんだ。知ってるだろ」
「そうだけどさ」
ゼロスも納得したように頷いた。
ブレイラが双子を保護した時は嬉しかった。自分の判断が認められたような気がしたからだ。
でも現実は目の前。盗賊たちが騒いでいる。
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