84 / 133

Episode2・冥王ゼロスは修業中にて48

「リオ、ルカ、軟禁中に不自由はありませんでしたか?」 「い、いえ、とんでもありませんっ……」  ルカが慌てて首を横に振りました。  リオは私から目を逸らしてしまっているけれど、これは意地を張っているだけですね。  二人の様子に目を細め、膝をついて目線を合わせました。  さらに近づいた距離に二人は緊張してしまって、私は優しく笑いかけます。 「さっぱりしましたね、かわいいお顔がよく見えます」 「……あ、ありがとうございます」  私はそっと手を伸ばしてルカの頬を指で撫でました。そのまま輪郭をなぞって、頭に手を置いていい子いい子と撫でてあげます。  最初は緊張していたルカですがしだいに表情が綻んでいきました。照れ臭そうにはにかんで、可愛いですね。  次にリオを振り向きます。  こちらは意地っ張りな双子のお兄さん。今も私に警戒したままです。  そんなリオの態度に警備兵が「失礼だろう」と注意しますが、私はゆるりと首を横に振って制止しました。  リオはこれで良いのです。今までこうやって生きてきたのですから。 「リオ、ご機嫌はいかがですか? なにか不自由はありませんでしたか?」 「別にっ」  顔を覗き込んで聞きましたが、プイッとそっぽ向かれてしまう。  元気そうでなによりです。 「そうですか、安心しました。この衣装よく似合いますね。これ私が選んだんですよ?」  そう言ってルカの肩に手を置きました。  リオとルカに用意した新しい衣装は私が選んだものです。襟に蔦の刺繍があるオシャレなシャツでした。白いシャツに緑の刺繍はとてもステキです。  でもね、本当はとても迷ったのですよ。  私は少し困った顔を作ってリオとルカを見つめます。 「本当はもっと大きなフリルのついたひらひらしたシャツにしようかと思ったんです。でももう赤ちゃんではないので控えたんですが……。……やっぱりそちらの方が良かったでしょうか。着替えてきます? そちらもきっと似合います」 「い、いらないっ! これがいい! これが気に入ってる!!」 「は、はいっ。これが気に入ってます!」  リオとルカが猛烈に首を横に振る。  せっかく提案したのに双子は今の衣装が気に入っているようですね。少し残念です。  私はリオとルカの真新しいシャツの襟を指でひと撫ですると、ゆっくりと立ち上がりました。  もう大丈夫ですね。二人の怯えていた顔が少しだけ落ち着きました。  こうしてリオとルカを保護する私の前で、いよいよ案件が話しあわれます。  裁判進行の士官が双子の前に立って厳しい口調で確かめます。 「リオ、ルカ、君たちが盗賊のアジトで見つけた魔導書はこれで間違いないな」 「……間違いありません」 「間違いない」  ルカとリオが答えました。  その答えに士官は頷くと魔導書の中の魔法陣を見せます。 「君たちが覚えた魔法陣はこれで間違いないな」 「間違いありません」 「間違いない」 「これが異界の怪物を召喚する魔法陣だということは知っていたか?」 「…………。……知っていました」 「……知っていた」  二人はゆっくりと告白しました。  それは罪の告白。無知だったと言い訳するものではなく、二人が罪を受け止めている告白でした。 「リオ、ルカ……」  私は堪らなくなる。  リオとルカはまだ子どもなのです。そんな二人がこのように裁かれることに胸が痛い。  でも二人は緊張しながらも俯いていません。まっすぐ前を向いていました。 「最後の質問だ。君たちは第三国に異界の怪物を召喚させたが、その時、第三国では四界会議が開かれていた。それを知っていて召喚し、襲撃したのか?」 「その通りだ」 「その通りです」  リオとルカは一切の誤魔化しもしませんでした。  二人の答えに胸が詰まる。 『知りませんでした』『覚えていません』『脅されていたんです』誤魔化すための言葉はたくさんあります。それなのに二人はそれをせず、まっすぐに事実を受け止めて告白したのですから。  こうして質疑応答が終われば裁きの時間です。  魔王ハウストが厳しい面差しでリオとルカを見ました。そして。 「リオ、ルカ、この両名を有罪とする。魔界の法律に則り、量刑は」 「――――ちょっと待って!」  ふいにゼロスが遮りました。  ハウストがじろりと見るとゼロスが緊張で畏まります。でも冥王として毅然と口を開く。 「魔界の法律で裁くの?」 「そうだ。今回の四界会議は魔界主催のものだった。しかも襲撃されたのは魔界の王妃だ。魔界の法律で裁く」 「それでもここは第三国で魔界じゃない。だから魔界の法律を適応させるべきじゃないと思う。第三国は治外法権だったはずだよね」  ゼロスがきっぱりと言い切りました。  そんなゼロスの言い分にフェルベオがおかしそうに口を挟みます。 「ハハハッ、魔王殿。どうやら冥王殿は魔族が第三国を乗っ取るんじゃないかと心配しているようだ」 「なるほど。それは冥王が俺を、この魔王を疑っているわけだな」 「そ、そんなわけじゃないけどっ……」  ゼロスがたじろぎました。  目の前には魔王ハウストと精霊王フェルベオ。同じ四界の王でも一番年下の冥王が魔王と精霊王を相手に渡り合うなど不可能です。分が悪すぎる勝負でした。  勇者イスラをちらりと見たけれど動く様子を見せません。今回のことで勇者は最初から動くつもりはないのですね。  リオとルカも手を繋ぎあい、強張った顔で裁きを待っていました。  ゼロス……。  私は祈るような気持ちで見守ります。  このまま魔王と精霊王の威風に若い冥王が飲み込まれてしまうと思われた、その時。 「そ、そういうことじゃないよ! 僕はこの双子が魔界や精霊界の法律で裁かれるのはおかしいと思うんだ! リオとルカは魔族と精霊族の混血だから、今までどの世界の法律の保護も受けられなかったっ。それなのに魔界や精霊界の法律で裁くのは道理が通らない!」  ゼロスが強い口調で言い放ちました。  その言葉にリオとルカが目を見開く。冥王を見つめる二人の瞳には小さな光が宿ります。それは初めて見せた双子の光でした。  私たちが固唾を飲む中、冥王は緊張しながらも真面目な顔で続けます。 「そこで魔王殿と精霊王殿に司法取引をお願いしたい。リオとルカが魔族と精霊族のどちらでもないなら、冥界で受け入れたい!」 「「「「え、ええっ!?」」」」  私、ハウスト、イスラ、フェルベオで思わず声をあげました。  リオとルカだってあんぐり口を開けています。  だってそれはリオとルカを冥界の民にするということ。これは誰も想像していなかった展開だったのです。  でも驚く私たちにゼロスは正当性を主張します。

ともだちにシェアしよう!