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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて52
今日は朝から雲一つない快晴。
朝食のこの時間、広間には家族全員が揃っていました。
クロードは口元をナプキンでふきふきすると、「ごちそうさまでした」とお行儀よくご挨拶します。
いつもなら誰かの食事が終わるのを待っているのですが、今日はなにやら忙しいようですね。よいしょと椅子から降りるとチェックノートを持って私のところにきました。
「ブレイラ、きのうはちゃんとねむれましたか?」
「眠れました」
そう答えつつも小さく笑ってしまいそうになる。
唐突に始まった健康チェック。笑ってはいけませんよね、クロードは真剣なのです。私も真剣に答えなければ。
「はい、いいですね。ちょうしょくはたべましたか?」
「丁度食べ終わりました。ごちそうさまでした」
「はい、ごちそうさまでした。それじゃあ、きょうはげんきですか?」
「とっても元気です」
「ブレイラがげんきなのうれしいです!」
クロードが嬉しそうにチェックノートに記入してくれました。
これは家族で海水浴するための準備ノート。海水浴をとっても楽しみにしているクロードが家族の健康状態をチェックしてくれているのです。
そう、昨日四界会議が無事に終了し、今日はいよいよ海水浴当日でした。
今クロードが海水浴前の最後のチェックをしているのです。
私のチェックを終えたクロードが次はイスラとゼロスのところへいきます。
「はい、つぎはイスラにーさまとゼロスにーさまです。きのうはちゃんとねむれましたか?」
「ぐっすり眠れたよ」とゼロス。
「ああ、俺も寝たぞ」とイスラ。
ゼロスは楽しそうに答えてますが、イスラは小さく苦笑しています。それでも付き合ってあげるのですから優しいにーさまですね。
「はい、イスラにーさまとゼロスにーさまもいいですね」
クロードがチェックノートに記入します。でも心配そうにイスラを見ました。
「でもイスラにーさま、おしごとたくさんでしたけど、……ちゃんとおわりましたか?」
「誰に聞いてるんだ。終わらせたに決まってるだろ」
「さすがにーさま、あんしんしましたっ」
イスラの仕事の進捗状況もずっと気にしていましたからね。
「つぎはちょうしょくです。ちゃんとたべましたか?」
「もちろん。おかわりまでしたよ」とゼロス。
「食べ終わったところだ」とイスラ。
「よしよし、いいですね」
クロードがふむふむ頷いて質問を続けます。
「それじゃあ、きょうはげんきですか?」
「うん、元気いっぱいだよ」とゼロス。
「ああ、元気だ」とイスラ。
「にーさまたち、げんきなのうれしいです!」
クロードが嬉しそうに記入していきます。
私やにーさまたちのチェックが進むにつれてクロードの顔がパァッと明るくなっていく。
そして最後はハウストのところへ。ハウストのチェックが完了すれば家族で海水浴なのです。
「ちちうえ、ちちうえ」
「なんだ」
ハウストが面倒くさそうにクロードを見下ろしました。
ハウストの眉間にムムッ……と皺が刻まれます。
これは困惑してますね。三人の息子がいますが、いまだに幼児に絡まれるのは得意ではありませんからね。
でもそんなハウストに構わずクロードはワクワクした顔で質問します。
「ちちうえ、きのうはちゃんとねむれましたか?」
「……寝たぞ」
「はい、いいですね。じゃあちょうしょくはたべましたか?」
「いつも通りだ」
「ちちうえ、いつもってどのいつもですか? いつもどおりじゃわからないんですけど」
ちゃんとこたえてくれないと……、とクロードが困った顔でハウストを見上げます。
クロードは真剣なのですが、……いけません。これはいけない雲行きですよ。だってハウストがイラッとした顔をしたのです。
「それで、きょうはちゃんとたべたんですか?」
「……食べたぞ」
「はい、いいですね。ちゃんとたべるのいいとおもいます」
クロードが褒めてくれました。
それなのに、……ああいけません。ハウストの目が据わっていきます。
「それじゃあ、さいごのしつもんです。きょうはげんきですか?」
クロードは少し前のめりに質問しました。
この最後の質問が終われば海水浴なのです。
でもふいにハウストがニヤリと笑う。それは一瞬のニヤリ。気付かないクロードはワクワクしながらハウストの返事を待っています。
「ちちうえ、どうなんですか? きょうはげんきなんですか? げんきなんですよね!」
「…………実は俺は」
「じつは、なんですか?」
「実は……」
黙り込んだハウスト。しかも深刻そうな顔で。
そんなハウストにクロードが焦りだします。異変を察知したのです。
「ち、ちちうえ? どうしたんですか? もしかして、きょう……げんきじゃないんじゃ……」
よろよろ……。クロードが一歩、二歩、よろよろ……と後ずさります。
ショックのあまりよろよろなのです。
「ちちうえが……げんきじゃないなんて。それじゃあ、みんなで、もう……」
クロードか涙ぐんでしまう。
ああもう見ていられません。私はゆっくり椅子から立ち上がると、よろよろ後ずさるクロードの後ろへ。
ぽすんっ。よろよろのクロードを後ろから受け止めてあげました。
「クロード、よろよろですが大丈夫ですか?」
「ブレイラっ、ちちうえが……!」
「はい、父上にいじわるされて可哀想に」
「え、いじわる? それって……」
クロードがびっくり顔になりました。
目を丸めてハウストを凝視します。でも意味を理解するとみるみる顔が真っ赤になる。
「ちちうえ~!!」
「おい、足に飛びつくな」
「とびつきます~!」
ポカポカポカポカポカ!
クロードが飛びついたハウストの足を猛烈にポカポカです。
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