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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて53
「どうしてそんなことするんですか! びっくりしたじゃないですか!」
「おいやめろ」
「やめません~っ。ちちうえがびっくりさすから!」
「ああそうだ。俺が悪かったから」
「それじゃあ、きょうはげんきなんですか!」
ポカポカポカポカ!
ポカポカしながら健康チェックです。
そんな末っ子に苦笑しながらハウストはクロードの小さな体をひょいっと持ち上げました。
「元気だ。海水浴できるぞ」
「っ! ちちうえ~!」
プンプンだったクロードの顔がパァッと明るくなっていく。
「ほんとですか!?」
「本当だ」
「もういじわるしないですか!?」
「……しない。悪かったな」
「いいですよ!」
嬉しくなったクロードがハウストにぎゅっと抱きつきました。
ずっと海水浴を楽しみにしていたのでとっても嬉しそう。
「クロード、良かったですね。私も楽しみです」
「はい! いっぱいあそびたいです!」
クロードが笑顔で答えてくれました。
こうして私たち家族は海水浴へ行くのでした。
朝食が終わって一時間後。
「海だー!!」
「うみだー!!」
浜辺にゼロスとクロードの元気な声が響きました。
もちろん二人は海水浴用のパンツ一枚の姿。今にも海に駆けだしていきそうですね。
私は浜辺のデッキスペースから二人の姿に小さく笑います。
そう、今から家族で海水浴。浜辺にはデッキスペースが造られ、そこにはチェアが並んで海を眺めながら寛げるようになっていました。
「ブレイラ、一緒に行こうよ!」
「ブレイラ、はやくいきましょう!」
波打ち際にいるゼロスとクロードが誘ってくれます。
もちろん断る理由はありません。
「ハウストとイスラ、私たちも行きましょう。せっかく海水浴に来たんですから」
「もう行くのか」
ハウストが眩しい陽射しに目を眇めて言いました。
少し面倒くさそうですがダメです。今日は家族で海水浴です。
「もうって海水浴に来たんですから海水浴をするんですよ。チェアで休むのはあとにしてください。イスラも行きますよ」
「もちろんだ」
イスラはすんなり返事してくれました。
ハウストもやれやれといった様子で一緒に来てくれます。
こうしてハウストとイスラが並んだわけですが……。
…………おっきい、です。
ハウストはともかくイスラまですっかり大人の体付きになりました。
最初から分かっていましたが海水浴の姿になると隠さないのではっきり分かります。手足がすらりと長く、実用的な筋肉に覆われた厚い胸板と鍛えられた背中。まさに美丈夫というもの。
「行くぞ、ブレイラ」とハウスト。
「なにしてんだ」とイスラ。
無言になった私にハウストとイスラが不思議そうに聞いてきます。
当たり前のように隣に並んでくれるのは嬉しいのですが、どうしてでしょうね、今は複雑です。
でもね、決して私が貧相というわけではありませんよ。私は標準です。平均です。普通です。
しかししっかり薄手の上着はきておきます。比べるつもりはありませんが、少し面白くない気持ちもあるのです。それに青空の下で素肌を晒すのは好みませんからね。
「……分かってます。行きますよ」
私はハウストとイスラと一緒に波打ち際にいるゼロスとクロードのところに足を向けました。
「ブレイラ、早くおいでよ。待ってたんだから」
ゼロスが笑顔で迎えてくれます。
ゼロスも子どもだった時に比べてしっかりした体格になりました。まだ少年から青年へと成長していく狭間ですが、それでも鍛えられた体付きです。でも身長は私と同じくらいなので、ハウストやイスラと比べるとまだまだ可愛く見えますね。
そしてクロードはというと、かぼちゃパンツが似合うとってもかわいい五歳児です。
「ブレイラ、まってました!」
「ふふふ。お待たせしました」
この海水浴用のかぼちゃパンツは私が用意してあげたのですよ。海の水でお腹を冷やしたら大変ですからね。
ゼロスも三歳の頃は嬉しそうにかぼちゃパンツをはいて『ぼくのかぼちゃパンツ、かっこいいでしょ?』と自慢していたのに、今はもうさすがに着てくれなくなりました。ざんねん……。
今では生意気にもハウストとイスラに挑戦するのです。
「父上、兄上、勝負しようよ。あそこの島を一周して誰が一番に戻ってこれるか競争しよ」
「いいぞ。お前が勝てるとは思えないが」とイスラ。
「お前、勝つつもりなのか?」とハウスト。
淡々とした二人にゼロスがムッとします。
「父上と兄上こそ、いつまでも僕を子どもだと思わない方がいいよ。それより負けた時の言い訳でも考えた方がいいんじゃない?」
あ、すごいです。ゼロスが生意気なこと言いました。
当然ながらハウストとイスラはカチンときてます。
「誰に泳ぎ方を教わったか忘れたのか。越えられない壁ってものがどんなものか見せてやる」
イスラがそう言って体をほぐすように腕を回します。
あ、これはイスラも本気で勝ちに行くつもりです。相手は弟とはいえ冥王ですから油断はできませんからね。
そして……。
「ハウスト、あなたまで」
私の隣ではハウストが軽く屈伸をしています。
ハウストはニヤリと笑ってゼロスとイスラを見ました。
「あそこまで言われたら黙ってるわけにはいかないだろ。あいつらは最近調子に乗ってるからな、そろそろ分からせる必要がある」
「なにが分からせる、ですか」
少し呆れてしまいました。
でも体を伸ばしてほぐす三人は今から本気で泳ぐ気満々です。
私はそれを見守りますが、クロードがハウストたちを真似て腕をグルグルしたり屈伸したり。
五歳のクロードは父上やにーさまたちが気になるのです。なんでも一生懸命に真似をして可愛いですね。
「クロード、上手ですね。しっかり体を動かしてえらいですよ」
「はい、だいじなんです。つめたいおみずにはいるまえは、からだをうごかしましょうってほんにかいてありました」
「さすがクロードです。しっかりお勉強してきていますね」
「はい!」
こうしている間にもハウストたちの準備が終わりました。
横一列に並んだハウスト、イスラ、ゼロス。
クロードは三人を窺うように周りをうろちょろうろちょろ……。仲間に入りたいようですね。
そんなクロードにゼロスが苦笑して振り返ります。
「クロード、よーいドンッてできる?」
「で、できます! かんぺきにできます!」
クロードの顔がパァッと輝きました。
役目を貰えて嬉しそうですね。仲間入りの気分なのでしょう。
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