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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて56
「ちちうえとにーさまたち、すごかったです! およいでるだけなのに、ドドドドッてしてました!」
クロードは規格外の水泳にびっくりしたようですね。
大興奮で三人の周りをはしゃぎ回り、私に向かって「ね、ブレイラ。ドドドッて!」と同意を求めます。
無邪気に興奮しているクロードにもちろん私も笑顔で頷きました。
「そうですね、びっくりしましたよね。泳いでいるだけなのにドドドッて。泳いでいるだけなのに、なぜか、なぜかドドドッて」
泳いでいるだけなのに、とハウストを見つめてニコリ。
ハウストは私を見て顔を引きつらせていく。
「あのな、ブレイラ……」
「ふふふ、ただの泳ぎの競争がどうしてこんなことになるんでしょうね。私もこんなに濡れてしまって。ふふふ」
びっしょり濡れた羽織りを絞ってみせると、ボタボタボタッ、ボタボタッ……と大粒の雫が落ちます。
濡れた横髪を耳にかけて、じとりっとハウストを見上げました。
「どうしてでしょうね。突然たくさんの水飛沫が雨のように降ってきたんですよ。どうしてでしょうね」
「ど、どうしてだろうな……」
ハウストが一歩下がりました。
だから私は一歩詰め寄ります。
「どうしてでしょうね」
「どうして、……おいっ、イスラ、ゼロス。どこへ行くっ」
ハウストがハッとしてイスラとゼロスを振り返る。
見るとイスラとゼロスがこそこそ逃げようとしていました。
もちろん逃がしませんよ。
「イスラ、ゼロス、あなた達にも話しがありますよ」
ぴしゃりっと言うと二人がビクッと立ち止まる。
おそるおそる振り返った二人に、ムムッとした顔を作って見つめ返します。
「普通の水泳の競争だったはずなのに、どうしてあんなことになってたんですか。危ないじゃないですか」
そう言うとまずゼロスを見ます。
「ゼロス、私は見ていましたよ。自分から競争を仕掛けておいてゴール直前に攻撃を仕掛けるとはどういうことです」
「ご、ごめんなさい。でも、王は負けることは許されないから手段は選ぶなって、いつも兄上が」
「おいゼロスっ」とイスラが焦ります。
そんな二人のやりとりにハウストがニヤリとする。
「お前、そんなふうに鍛錬してたのか。なら原因はイスラだな」
「ふざけるな、俺をそう言って鍛えたのはハウストだろっ」
イスラがハウストに言い返しました。
イスラを強くするために鍛えたのはハウスト。ゼロスを強くするために鍛えたのはイスラ。なるほど、脈々と受け継がれたということですね。
「そこまでですよっ。連帯責任です。……まったく、普通の競争だと思ったら急に戦闘を始めて……。びっくりしたじゃないですか」
呆れた口調で言うと三人は申し訳なさそうな顔になりました。反省したようですね。
「驚かせて悪かった」とハウスト。
「反省した」とイスラ。
「ごめんね、ブレイラ」とゼロス。
「もういいですよ。クロードが楽しそうなので、クロードに免じて許してあげます。あなた達にとっては水遊びの範囲かもしれませんが、あんなに水柱が昇っていたら私は怖くて海に入れません。忘れないでくださいね」
「そうだな。お前、泳げないし」
「ハウスト、それは余計です」
そう言い返しつつも、ああダメです。ガマンできずに笑ってしまう。
私だって海水浴を楽しみにしていたんですから。
「ハウスト、ご存知のとおり私は泳げないので連れていってくださいね」
「ああ、もちろんだ。離すなよ?」
「はい」
こうして私はハウストのおんぶが決まりました。ハウストのおんぶなら安心ですね。
「ブレイラ、あっちに綺麗なサンゴ礁があったんだ。見に行こうよ!」
ゼロスが沖を指差します。
どうやら競争中に見つけたようです。あんなに激しい競争だったのに、そんなことまでする余裕があったなんて……。あの競争も魔王と勇者と冥王からすれば本当に水遊びのつもりだったのかもしれませんね。
「こっちだよ!」
ゼロスが沖に足を向けました。
ゼロスとイスラがサンゴ礁に向かってゆっくり泳ぎだします。競争ではないのでゆるやかにスイスイ気持ち良さそう。
今度は今まで見学していた私とクロードも一緒です。
私もハウストの背中におんぶしてもらって海に入ります。ああ気持ちいい。第三国の陽射しの強い気候と海水浴は相性抜群なのです。ひんやりした海の水が心地いい。
「ブレイラ、クロード、こっちだよー!」
一番前を泳いでいるゼロスが案内してくれます。
私はハウストにおんぶされながらクロードを振り返りました。クロードは浅瀬でぐるぐる腕を回して念入りな準備体操をしています。泳ぐ気満々ですね。
「クロード、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶですー!」
クロードは大きく手を振ると、先に泳いでいるイスラとゼロスをじーっと見つめます。なにやらうんうん頷くと、自信満々な顔でバシャン!! クロードが勢いよく飛び込みます。
さすが次代の魔王ですね、五歳ながら見事な飛び込みで…………クロード?
バシャバシャバシャッ、……ブクブクブク…………。
「ッ、クロードが沈みました!! 溺れてます!!」
「わあああっ、クロード!?」
ゼロスが急いで引き返してきました。
猛スピードでクロードのところに行くと、ザバアアァァンッ!! クロードを掬い上げてくれます。
「クロード、大丈夫!? しっかり!!」
「プハッ! ゴホゴホッ、ゴホゴホッ、……うぅ~っ、どうして~~っ……」
救出されたクロードが涙目で唇を噛みしめました。
でも足が足りない深さなのでゼロスにしがみ付いています。
私とハウストとイスラもすぐにゼロスとクロードのところに駆けつけました。
「クロード、大丈夫ですか? もう苦しくありませんか?」
「ブレイラ! またわたしだけ~~!」
クロードが私へと移動してぎゅ~っとしがみ付いてきました。
私はクロードの小さな背中をなでなでして慰めます。
「クロード、可哀想に。びっくりしてしまいましたね」
こうして私は慰めるけれど、ハウストとイスラは複雑な顔でクロードを見ています。
「……お前、まさか泳げないのか?」とハウスト。
「え、泳げるんじゃなかったのか?」とイスラ。
「え、そんな……、そんなこと、……ないですよね?」
だってあんなに海水浴を楽しみにしていて、今だって自信満々に飛び込んだのですから。
私は恐る恐るクロードの顔を覗き込みます。
クロードはますます涙目になってプルプルしてしまう。
「およげるって……おもってました」
「思ってましたって、クロード……」
「うぅっ、……みんな、かんたんそうにスイスイおよぐから、わたしもできるっておもって……」
「そういうことでしたか……」
それは私にも理解できることでした。
そうなんですよね。ハウストもイスラもゼロスも軽やかにスイスイ泳ぐので、見ていると簡単にできそうな気になるんですよね。それで私も何度沈んだことか……。
落ち込んだクロードにゼロスが申し訳なさそうに声を掛けます。
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