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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて57
「ごめんごめん、クロードに泳ぎかた教えるの忘れてた」
「ゼロスにーさま~……」
「ごめんね、今からちゃんと教えてあげるから」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと。僕が教えるんだからすぐ泳げるようになるよ」
「そうなんですか?」
「まあね。僕、赤ちゃんの時から泳げてたし」
「あかちゃんのときから!?」
驚くクロードにゼロスは自信満々に頷きます。
赤ちゃんの時から……? ゼロスが赤ちゃんの時はぷか~っと浮いてるだけだったような……。それなのに赤ちゃんのゼロスは自分は泳げると勘違いしていて、水辺に向かってハイハイで突撃していくのです。だから目が離せなくて大変で大変で……。どうやらゼロスは忘れているようですね。
「ゼロスにーさま、あかちゃんのときからおよげたなんてっ……」
「クロードもすぐ泳げるようになるよ。特訓がんばれる?」
「やります! がんばります!」
「うん、それじゃあがんばろっか。すぐに泳げるようにしてあげるよ」
そう言ったゼロスにクロードが瞳を輝かせています。
クロードはゼロスが赤ちゃんの頃を知りませんからね。
でもハウストとイスラは「あいつの中では泳げることになってたのか」「羨ましい勘違いだ」と妙な感心をしていました。
その気持ちは分かりますが今はクロードの水泳特訓が優先です。この機会に泳げるようになればステキですからね。
「ではサンゴ礁はクロードが泳げるようになってから見に行きましょうか」
「まっててくれるんですか!?」
「もちろんです。あなたが自由に海を泳ぐ姿を見せてください。頑張ってくださいね、応援しています」
「はい!」
クロードはお利口な返事をするとさっそくゼロスと特訓を始めます。
クロードが泳げるようになるまでの間、ハウストとイスラは自由に遊泳を楽しみだし、私は心配でクロードを見守ります。一生懸命頑張っているクロードを応援したいのです。
「クロード、頑張ってください! ゼロス、お願いしますね!」
「はい、がんばります!」
「僕に任せて~!」
大きく手を振ってくれるクロードとゼロス。
ゼロスがクロードの両手を握って浮かせたり、水の掻き方の指導をしていました。クロードを支えながら丁寧に教えています。
甘えん坊だったゼロスは年下を甘やかすのも好きなようで、クロードのレベルに合わせて教えてくれています。なんだか意外、ゼロスが三歳の時はイスラに崖から飛び込みをさせられるという実践訓練でしたから。
それを思いだしてなんとなくイスラを見つめてしまう。
視線に気付いたイスラがゆったり泳ぎながら私の側に来てくれました。
「どうした」
「イスラ、見てください。ゼロスがクロードに泳ぎかたを教えていますよ?」
「それがどうした」
「あなたがゼロスに教えていた時と違うような……」
私の横で仰向けにぷかぷか浮いているイスラを見ました。
イスラの特訓はとてもスパルタで、三歳のゼロスを絶壁から突き落とすというとんでもないものでした。ゼロスは強制的に泳げるようになったというわけです。
「そうか? 俺だって最初はバタ足させたりして基本を教えてただろ。あいつが手を離すなとかなんとか文句ばっか言ってきたからだ」
「たしかにそうでしたけど」
じーっ。
じーっと見つめると、イスラも無言で私を見つめ返してくる。でも少しして水中で優雅に回転すると、ザバァッと立ち上がりました。
イスラが濡れた髪を後ろに撫でつけるようにかきあげて私を見下ろします。……なんなんでしょうね、なんの変哲もない自然の動作なのにため息が漏れそう。だってとってもキラキラしているのです。
キラキラした雫が頬や首筋、筋肉に覆われた胸筋を伝ってとってもキラキラ。今のイスラはハウストと並んでも見劣りしない体格に成長して、大人の魅力を纏うようになりました。女官や侍女の噂によると、イスラは老若男女関係なくそれはもうたいそうモテるそうです。人間界の王国の式典に招待された時はお近づきになりたい令嬢や令息が列を作っているとか……。
幼かったイスラを両腕に抱っこしていた頃を昨日のように覚えているので、なんだか寂しいような喜ばしいような複雑な気分。
そんな気分になっていましたが、イスラはゼロスとクロードの方を見て顔を顰めます。
「下手くそだな。あれは犬かきか?」
「ああ、クロード……」
クロードからバシャバシャと不規則な水飛沫が上がっていました。水中で懸命に手足を動かしていますが溺れているのか泳いでいるのか分かりませんね。でも一生懸命頑張っています。
「それならイスラも教えてきてあげてください。ゼロスに教えてたじゃないですか」
「クロードに同じことができると思うか?」
「それは……」
それは難しい質問ですね。
次代の魔王とはいえクロードはまだ覚醒していませんから。
「だろ? ゼロスと同じことするのは難しい。まあ、それでも心配しなくていい。あと少しで体得するんじゃないのか?」
「ええっ? そんなにあっさりですか?」
それはそれで驚きました。
絶壁突き落としのスパルタ訓練は出来なくても、泳ぎ方を教えれば僅かな時間で泳げるようになるというのですから。
でもイスラは当然のように教えてくれます。
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