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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて58

「コツさえ掴めば早い。覚醒していなくても、常人より身体能力も体力も魔力もある」 「あの子もゆくゆくは魔王になる子なんですね」 「クロードは覚醒にこだわっているがな」  クロードは覚醒しなければ意味がないと思っているのです。同年代の子どもたちよりも能力が高くても、規格外の神格の力でなければ意味がないと。  イスラもそんなクロードの気持ちを気にしてくれているのですね。 「イスラ、クロードを気にしてくれてありがとうございます。ゼロスのことも。あなたが二人の弟を気にかけてくれているから軟禁される時も不安はありませんでした」 「そうか」 「はい。あの時、あなたが『ゼロスとクロードのことは大丈夫だ』と私に伝えてくれて、どんなに安心したか」  連行される時、私は最後にイスラを振り返りました。『ゼロスとクロードをお願いします』と目だけで伝えたのです。その時にイスラは私を見つめ返して力強く頷いてくれました。それって頼まれてくれたということですよね。あの時の頼もしさときたら。  改めてお礼を言おうとしました、が。 「イスラ……?」  イスラが片手で口元を覆って真顔になっています。  そしてなんとも気まずそうに私を見ました。 「……あれはそういうことだったのか。俺はてっきり『もしもの時はハウストを倒せ』って意味かと」 「ええっ、それはどういう勘違いですか!」  あの時のイスラはとても力強く頷いてくれましたが、その意味に目眩がしそう。この子はもうほんとに。  コラ、とイスラを見上げるとばつが悪そうな顔をします。 「……俺もクロードに教えてくる」 「あ、逃げましたね」 「いや、兄としての使命感だ」  イスラは真剣な顔で言うとゼロスとクロードの方へ歩いて行きました。  使命感なんて言ってましたが、あれは誤魔化しましたね。  イスラは指導中のゼロスとクロードに声を掛けます。 「いつまでそんなぬるい特訓をしているつもりだ」 「兄上も来てくれたの?」 「イスラにーさまっ! ぷはっ、……ブクブクブク」 「おい沈むなよ」  ザバァッ!!  驚いて沈んでしまったクロードをイスラが掴みあげました。  溺れてしまったけれどクロードは嬉しそうにイスラを振り返ります。 「ゴホゴホッ、ゴホゴホッ。イスラにーさまもおしえてくれるんですか?」 「ああ、特別だ。俺は甘くないぞ」 「はい、がんばりますっ!」  意気込むクロードにイスラは頷くと、ポイッ。バシャンッ!!  さっそくクロードをポイッと海に放り投げました。 「プハッ! にーさ、まッ、あぷッ、ブッ……! プハッ!」  バシャバシャバシャッ!!  バシャバシャバシャッ!!  クロードが猛烈にもがいています。クロード本人は必死に泳いでいるつもりのようですが、あれどう見ても溺れていますよね。  イスラは腕を組んで見守っているので大丈夫なのでしょうが……。 「あ~あ、兄上は相変わらずなんだから」  ゼロスも苦笑しながら必死に泳いでいるクロードを見守ります。 「お前の時よりマシだろ」 「僕にスパルタしたって自覚はあるんだ。ひどいよね、崖から突き落とすんだもん」 「あれはいつまでも甘ったれていたお前が悪い」 「ええ、そうなの? 僕はてっきり兄上はそれしか指導法を知らないのかと思ってた」 「いい覚悟だ」  イスラがギロリッと睨むと、「うそですっ。兄上、いつもありがとう!」とゼロスが背筋を伸ばしました。こういうところは変わりませんね。  三兄弟を見守っているとハウストが側に来てくれました。 「あいつらは何してるんだ」 「イスラとゼロスがクロードの泳ぎの特訓をしてくれているんですよ」 「…………あれ溺れてるんじゃないのか?」  ハウストが不思議そうにクロードを見ました。  バシャバシャバシャ!!  バシャバシャバシャ!!  猛烈な水飛沫が上がっています。それは溺れているように見えなくもないのですが。 「……そ、そんなことありません。さっきから少しだけ進んでいます」 「ほんとか?」 「ほんとうですっ。その、ちょっとだけ……」  よく見ているとたしかにじりじり進んでいるのですよ。……ちょっとだけですが。  それに見守っているイスラとゼロスが救出していないので、あれはクロードなりに泳いでいるということなのでしょう。 「それよりハウスト、あなたはゆっくり休めていますか?」  ハウストは今日の休暇のために第三国へくる前から激務が続いていたのです。  しかも第三国では異形の怪物の出現や、王妃である私を軟禁することにまでなって、想定外の仕事でさらに忙殺されたはずですから。  でもこうして今日は一日休暇を作ってくれて、クロードがずっと楽しみにしていた家族で海水浴を叶えてくれました。ハウストはそういった優しさを億尾にも出しませんが、私は知っていますよ。 「あなた、今日は久しぶりのお休みですよね。お疲れさまでした」 「いつものことだ」 「それでもです。こうして海水浴ができて嬉しいです」 「ああ、気分転換には丁度いい」  そう言ってハウストは空を見上げて眩しそうに目を細めました。  私もハウストと同じ空を見上げます。  ああ、眩しい……。ため息が漏れました。  雲一つない青空はどこまでも広がっている。世界は強力な結界で区切られているけれど、空を分かつことはできないのです。  私は空を見上げるハウストの横顔を見つめました。  視線に気付いたハウストが振り返って、目が合います。  私を見つめるハウストの目に穏やかな色が宿って、愛おしいのだと伝わってくる。あなたが愛しているのは私なのだと心にじわりと温もりが灯ります。  それは私も同じ。あなたに伝わっていることでしょう。 「ハウスト、私たちも行きましょう」  私はハウストの腕を掴んで引っ張っていく。  ハウストは「行くのか……」と面倒くさそうな反応をしますが、それでも引っ張られるままにしてくれます。

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