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Episode2・冥王ゼロスは修業中にて59

「どうですか、練習は進んでいますか?」 「あ、ブレイラ。ほら見て、クロードもだいぶ泳げるようになったんじゃないかなあ」 「プハッ、うっ、……ブクブク、プハッ! ……ブクブク」  バシャバシャバシャ!  バシャバシャバシャ!  溺れているわけではないのでしょうが、水飛沫は相変わらず大暴れな感じですね……。  クロードは息継ぎのたびに私を見て、およげてます! ともがきながら必死にアピールしてくれます。  …………。  ほんとうにこれでいいのでしょうか。ほんとうに……。  ゼロスを見ると、やはり少しずつ上手くなっているようなので「あと少しだよ」と励ましています。  でもイスラを見ると、不思議そうにクロードを見ていました。どうしてそんなに下手くそなんだ? といわんばかりの顔ですね。  最後にハウストを見ると、彼は二人の兄たちの反応に呆れた顔をしました。 「……気持ちは分からないでもないが」  ハウストは小さく呟くと、泳いでいるクロードに足を向けました。  ハウストは沈みかけていたクロードを片腕で支えます。 「クロード、息継ぎのたびに沈んでいるぞ。意識し過ぎて体が硬くなってるんだ」 「ち、ちちうえっ。プハッ、……あ、ほんとだっ。ブクブクしない!」  クロードがパァッと顔を輝かせました。  明らかに泳ぎ方が変わりました。コツを掴んだようで、もう苦しそうではありません。 「おお~っ、父上すごい。息継ぎって意識するもんなんだね」 「なるほど、原因はそこか」  感心するゼロスとイスラ。  どうやら二人は自分たちがあまりにもあっさり泳ぐことができたので、息継ぎが大変だと想像もしていなかったのです。 「お前たちは雑過ぎるんだ」 「え~、兄上より優しく教えてる自信あるんだけど」 「お前な」  三人は言い合っていますが、こうしている間にもクロードはみるみる上達していきます。  息継ぎで躓いていたとはいえ、この上達速度は常人のものではありません。改めてクロードもゆくゆくは神格の王の一人になるのだと思い知ります。  でも今は無邪気に私に手を振ってくれる。 「ブレイラ、みましたか!? わたし、じょうずにおよげるようになりました!」 「はい、見ていましたよ! とっても上手に泳いでいて驚きました! まるでかわいいお魚のようですよ!」  パチパチと手を叩いて褒めると嬉しそうに泳いできてくれます。  ここはクロードの足が届かない水深ですが、もう平気なようですね。お魚のように自由にスイスイ泳いでいます。  クロードが泳げるようになったなら、次はみんなでサンゴ礁を見に行きましょう。 「ゼロス、サンゴ礁まで案内してください」 「任せて、こっちだよ!」  ゼロスが先頭を泳ぎだすと、次に「わたしもいきます!」とクロードが続きました。  イスラがそれとなくクロードの近くを泳いでくれています。上手に泳げるようになりましたが、それでも万が一に備えてくれているのでしょう。イスラらしいですね。 「ブレイラ、乗れ。離すなよ?」 「はい、よろしくお願いします」  私はハウストの背中におぶさりました。  クロードが泳げるようになったので家族で泳げないのは私だけ。悔しくないわけではないのですが、こればかりは仕方ありません。  私たちはゆっくり泳いで沖へ向かいました。  ハウストがスイスイ泳いでくれて気持ちいいです。  しばらくして海底一面にサンゴ礁が見えてきます。 「これは見事なサンゴ礁ですっ」  海底に広がった光景に息を飲みました。  透明度が高いので海面からでも海底のサンゴ礁がよく見えます。  自分で泳いできたクロードも瞳を輝かせました。 「わあ~っ、サンゴしょうです! あそこにも、あそこにも、あそこにもあります!」 「たくさんありますね。まるで海の花畑です」 「はいっ。こんなにたくさんっ、きれいです!」  一人で泳いでここまで来たこともあってクロードはとても感動しているようでした。  そんなクロードをゼロスが誘ってくれます。 「クロード、もっと近くで見てみようか。潜ってみる?」 「いきます! わたしももぐります!」 「よし、じゃあおいで」  ゼロスが海中に潜るとクロードも勢いよく潜ります。  ゼロスの見事な潜水泳ぎの横でクロードは見様見真似で手足を動かしていました。初めての潜水ですからね。  そんなクロードの様子にイスラは苦笑すると「俺も行ってくる」と潜っていきました。  海中でイスラの指導を受けるとクロードもすぐに上手に潜水泳ぎができるようになります。 「クロード、楽しそうですね」 「ああ、慣れてきたようだな」  私はハウストの背中に乗ったまま海中の三兄弟を見つめます。  大きなサンゴの周りを三人が泳いでいます。  ゼロスがサンゴの影に小さな魚を見つけるとクロードを手招きする。覗き込んだクロードも魚を見つけると嬉しそうな顔になりました。  海中を自由に泳ぎ回ると、海面にいる私とハウストのところにあがってきます。 「プハッ! ブレイラ、サンゴがとってもきれいです! かわいいさかなもいました! ブレイラもきてください!」 「えっ、私もいくんですか?」 「はいっ、ブレイラもきてください! ちちうえ、ブレイラつれてきてください!」  クロードはそう言うとまた潜っていきます。  いつになく強引なクロードになんだか小さく笑ってしまう。兄たちと同じように泳げるようになって嬉しくて仕方ないのでしょう。 「せっかくクロードのお誘いです。ハウスト、連れていってくれますか」 「ああ、待っているようだしな」  海中でクロードが手を振っています。  そんなクロードの側にはイスラとゼロスもいて、楽しそうにサンゴ礁を指差していました。早く来いということですね。 「ハウスト、よろしくお願いします」 「行くぞ」  ハウストが私の様子をたしかめながらゆっくり潜りました。  それに合わせて私も呼吸を止める。  美しい海の中、私たちはサンゴ礁を囲んで泳ぎました。  言葉はないけれど互いに目を合わせて会話する。  それだけで楽しくて自然に笑みが零れます。  この第三国の海は初めてではないのに、不思議ですね、まるで初めて海を見た時のようにときめいている。すべてがキラキラ輝いて見えるのです。  私はクロード、ゼロス、イスラ、そしてハウストを見つめました。  大切な四人の姿に胸がいっぱいになる。家族の楽しい思い出がまた一つ増えました。  こうして私たち家族の海水浴が終わるのでした。

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